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「アーネスト」
両親と別れを告げた時のままの姿勢で、
船側から、ぼおっと大海原を眺めているサトウに、
背後から声をかける者がいる。
「やあ、君か」
同期生R.A.ジェミーソンである。
前途洋々たる気分を隠し切れないサトウとは対照的に、
憂鬱そうでトゲトゲしい。蒸気船「インダス号」に同乗する通訳生の内、
清国商務部(The China establishment)所属が8名、
サトウにとって、日本商務部(The Japan establishment)配属の同僚は、
ジェミーソンただ一人であった。しかし、ロンドンでも一度会って挨拶は交わしたものの、
どうもテンションの隔たりが大きくて、まだ親しい関係になれないでいる。
ジェミーソン
「かといって、The China establishment の連中と話をするのも嫌だ。
おれは試験の成績が悪かったから日本に回されてしまったが、
首席のくせにわざわざ日本を選んだ君にもコンプレクス感じちゃうよな」
サトウ
「Anyway、これから一緒に日本語を勉強しなくちゃいけないんだ。仲良くしようや。
そういえば、日本配属の通訳生はもう一人いたはずだけど」
ジェミーソン
「Well、確かラッセル・ロバートソンっていったと思うが、
事情があってこの便に間に合わなかったらしい」
サトウ
「Why、彼は日本を志望したのかな?」
ジェミーソン
「どうせ成績が悪くて清国に行き損ねた口だろうよ。君はいったい、
日本のどこが気に入ったんだ?」
サトウ
「う〜ん、難しい質問だ。
兄貴が妙に日本に興味をもっててねえ、まさに地上の楽園だという。
畳の部屋で、しとやかな美少女が給仕してくれて、障子をあけるってえと、
かなたに望む Fujiyama の眺めは、それは Wonderful なものだそうだ」
ジェミーソン
「・・・・・・」
サトウ
「And、『ペリー提督遠征記』も読んだよ。
横浜の手前にある、彼が"ミシシッピ湾"と名づけた入江(根岸湾)は、
海岸沿いに農家が軒を連ね、そのすぐ背後の絶壁に遊歩道がこしらえてあるそうな。
そこを散歩しながら見渡す入江の眺めはそりゃあ絶景だそうだ。
入江の向かい側も絶壁になっていて、一の谷・二の谷・三の谷って具合に、
四つの山の縦断面がくっきりと見えるんだそうだ」
ジェミーソン
「You foolish fellow!そんな理由で日本を選んだのか。のんきなヤツだ。
おれの親戚のおじさんが、最近、上海から帰ってきたんで、
日本の噂をいろいろ聞いてみたんだが、どうやらとんでもない事になっているようだ」
サトウ
「Picture?(え?)」
ジェミーソンの話では、ペリー提督の遠征や、
エルギン卿の日英条約締結のころの旅行記などは参考にならないという。
日英条約の翌年、神奈川・長崎・箱館の3港が開かれ、
各国の商人が港に居住するようになって以来、
日本のサムライたちが狂ったように西洋人を暗殺しているのだそうだ。
ロシア使節団随行員、オランダ商船長、アメリカ総領事付き通訳など枚挙にいとまがない。
実は、サトウが時あたかも18才の誕生日を迎え通訳生の受験資格を手に入れた矢先(1861.7.5.)、
何と駐日イギリス公使館として使っていた仏教寺院(東禅寺)がサムライの集団(水戸浪士)に襲われ、
総領事オールコック自身、命からがら逃げおおせた次第であった。
(その顛末は、岩波文庫「大君の都」オールコック著に詳しく描かれている。)
ジェミーソン
「サムライの操る剣は、めっぼう切れ味がよいそうだ。
トーゼンジの庭先に転がっていた公使館職員の遺体は、
一太刀で胴体を縦に切り裂かれ、
五臓六腑も原形を崩すことなく、鮮やかに両断されていたという」
サトウは思わず息をのんだ。
ジェミーソンも語り終わると同時に、自ら吐いた言葉に恐れおののく。
ジェミーソン
「地上の楽園どころか、生き地獄さ。わざわざ命を捨てに行くに等しい」
ジェミーソンにとって通訳生選抜試験は、
文字どおり天国(China)と地獄(Japan)の分かれ道であったようだ。
彼の憂鬱の原因がようやく明らかになったものの、サトウは依然、夢見心地だ。
サトウ
「世の中いいことばかりとは限らないさ。虎穴にいらずんば虎児を得ず。
その程度の恐怖を乗り越えられなくて、人生を極めることはできないのではないかな」
ジェミーソン
「・・・君には、ついていけないな」
かくて、船上で1862年の正月を祝してまもなく、蒸気船「インダス号」は中国大陸に着岸、
一行は北京のイギリス公使館(良公府:リャンコンフー)に入る。
サトウもジェミーソンも、数ヶ月ここで清国語を勉強せよとの指示がでていた。
駐清イギリス公使・ブルース
「日本人も漢字を使うそうだ。清国語の方言のようなものだろう」
サトウも、この段階では日本語の何たるかを知らなかったので素直に納得した。
が、中国語の学習は何とも退屈だった。
サトウ
「一体、どこの世界に、
文字を覚えるだけで何年かかるか解らないような言語があるのだ?」
くる日もくる日も、漢字の丸暗記である。
ある朝。
屋外で、パンパ〜ンと爆竹の音がする。
ブルース公使
「A happy new year!」
通訳生の勉強室部屋をのぞいて、公使の方から声をかけてくれた。
通訳生
(気さくな公使だ)
かのアロー号事件後、イギリス軍は北京近郊まで侵攻し、
800万両(テール)もの賠償金を清国からむしりとるやら、
九竜(香港)を、実に1997年まで租借するやら、
内地に勃発した太平天国の乱の鎮圧に乗り出すやら、
およそ帝国主義的侵略の限りを尽くす国の公使にしては、
ブルースのしぐさは、不思議なほど温和である。
サトウ
「この国では、正月が2度あるのかな」
太陽暦 1月30日が、太陰暦の正月だったのである。
アレン(清国商務部配属の同期通訳生)
「お国の正月は随分にぎやかそうだね。みんな、街に出てみようよ」
各人、乗馬して街を闊歩する。
正陽門(チョンヤンメン)の外の商店街では獅子舞の見物人たちでごった返しており、
さすがにこの日だけは、清国人とて、
彼らがイギリス人の通行を妨げていることを意に介さない。
清国の子ども
「可憐可憐(クーリエンクーリエン)、賞一箇大(シャンイーガター)!」
(憐れなわたしにお恵みを!)
サトウ
「しゃあないなあ」
清人の言葉が理解できたうれしさからか、ペニー貨を気前よく放り投げたので、
見咎めた大人たちが、我も我もと手を伸ばして集まってくる。
アレン
「サトウ君、君は軽率だったね。ここは、一文無しになる前に全員退散だ」
数日後、3人目の日本語通訳候補生、ラッセル・ロバートソンが公使館に到着した。
ロバートソン
「Hello, nice to meet you!」
彼は、ジェミーソンとは正反対の快活な若者だったので、
サトウはすぐに親密になれたが、試験の成績がふるわず日本行きを拝命した点では、
ジェミーソンと同様だった。
ロバートソン
「途中、上海で日本政府の役人たちに会ったよ」
サトウ
「ほんとう?話ができた?」
ロバートソン
「日本人は、どうもオランダ語の方が得意なようだが、
Fukuzawa とかいう若者(福沢諭吉)とは、かなり会話ができた。
日本語もちょっと教わったし。
Sessha wa Fukuzawa to moshimasu.」
サトウ
「Oh, cool!」
ロバートソン
「江戸・大坂・兵庫・新潟の開市開港の延期を交渉するため、
ヨーロッパ各国を歴訪するそうだ。日本の役人がヨーロッパに赴いて外交交渉するのは初めてらしい」
サトウ
「Why そのような交渉をするのだ?」
ロバートソン
「このままではローニンたちのジョーイがエスカレートして、手がつけられなくなると言っていた」
坂下門外の変(文久2年1月15日)が起こる数日前の会話である。
この事件後、井伊大老いらいの幕府独裁型・開国路線はまったく行き詰まり、
島津久光(薩摩藩主)、一橋慶喜(水戸藩主子息)、松平慶永(福井藩主)ら公武合体派が勢いづいていく。
この間、日本国内に攘夷熱が沸騰し、
水戸浪士を中心とする外国人殺害事件が相次ぐのである。
こうして、日本が急速に幕末的様相を呈するに至った事情は、
文久2年7月の松平慶永・政治総裁職就任の訓示に、あざやかに整理されている。
長くなるけれども、あえて引用したい。
ご当家幕府の儀は、神祖(徳川家康)のご盛業を継がせられ、御代々天下ご威風になびき異議これなく太平を極められしに、外国の交際開らけし以来、追いおい幕中の御手薄なる所、見え透きそうろうゆえ、数百年天下を幕府へ御任かせ安心いたしおりし天下の人気に不安心を生ぜしより、天下に議論紛興して当世に押し移りそうろう事にて、その不武の衰態の外見に顕われしはアメリカの渡来発端にて、この件は関東に覇府を開かれそうろう以後、類例もなきほどの天下の一大事なりしを、応接を初め秘事に属し、御所置通り皆ことごとく幕府限りの御私(わたくし)にて御取りさばき、天下の安心いたしそうろう様に御打明けの儀にひとつもこれなく、
(中略)
ご表発の処は、御よんどころ無き時勢とは申しながら、そうじて御屈辱がちにあい見え、その後とても外国関係の儀はことに機密になし置かれそうろうゆえ、いかがあいなりそうろう事かと夷狄猖獗の外見を認めて人心さらに安著せず、輿論蜂起次第に立ち昇り、ついに叡慮(天皇)までも安ませられず、種々御沙汰もあらせられそうろうをしかじか御遵奉もこれなく、外国ヘはいよいよご親睦の姿のみあい顕われそうろうにつき、朝旨(天皇の意思)ご軽蔑の筋にあいあたり、愛国義勇の士、心に払戻(ふつれい)を抱き名義名分の説おこりて人心いよいよ不穏は、ひっきょう日本全国へ関係の大事を幕府一己のご裁決にあいなり、朝廷を初め天下の億兆を愚蒙とし幕府閣老諸有司のみ大賢にして大智あるごとき形勢なるゆえにて、これすなわち幕府の私にはこれなきや?
幕府官僚は、黒船来襲という国家の一大事に直面し全国民が不安をいだき憂慮している中で、
全てを極秘裏に独断専行で処理しようとしている。しかもそのなすところは、
ひたすら外国の要求に屈服する一方に見え、武士の本分の衰退が露見し、数百年の幕府への信頼も失墜、
諸方に攘夷思想が沸き立つようになった。このような事態を招いた原因は、
幕府官僚が、あたかも国民を「愚昧」と決め付け、
自分たちだけが「賢人」であるかのごとき了見で事に当たっているからであり、これでは幕府は公共機関というより、
単なる私的権力にすぎないのではあるまいか。
18才の秀才がこれから赴こうとする国では、
太平の眠りをむさぼっていた人々も、四杯の上喜撰を喫してすっかり意識が覚醒し、
新時代へ向け既に暴走を始めていたのである。
サトウ
「やれやれ、やっと 500字を覚えたぞ。それでもまだ十分の一にも至らぬ。
Unbelievable!」
ある日、
公使館に逗留していたビクトリア司教が通訳生一同をディナーに招待してくれた。
ビクトリア司教
「清国の言語などを勉強していては、きっと皆さんの知能の低下を招くことでしょう。
文法があるようでないようで、ひたすら文字の暗記にあけくれ、・・・少なくとも、
私という、よい実験結果をご覧なされ。進歩の形跡も見えないまま、
気が付くと、このとおりの白髪あたまじゃ」
思いがけず若者たちは、自分たちの悩みを解ってくれる大人に出会ったが、
あっさり「無駄」と達観する勇気もなく、
今しばらくは、黙々と勉強に励む日々が続く。
1862.6.2(文久2年5月5日)、
物語の舞台を一時、上海に移す。長崎から日本国籍の蒸気船が、
一長州人(高杉晋作)を乗せて入港したのである。
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