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平成十八年八月十四日
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Tour
182006
(11) 米坂線

新発田駅12:26発の電車の事を、私はほとんど思い出せない。 紀行文を書いているうち、旅を終えて日数も過ぎた。 旅をどう実行するかは入念に準備したが、出来事を正確に記録する事への配慮は、全然不十分だった。 手帳は、支出の記録だけ正確に記録していた。 もっとも、新発田駅での買い物の後に「ワンマン」と書いている。これは奇跡的である。 ワンマン電車だったのであろう。

紀行文を書くのも容易ではない。今や写真の順番が記憶を呼び覚ます大きな手がかりとなっている。 写真はまた、証拠写真だ。畳の部屋と思ったところが、写真を見ると板張りである。 知らず知らず大嘘を書いているかもしれない。

カードリーダ付リムーバブルハードディスクのお陰で、 デジカメは無尽蔵に撮影が可能になった。 つい、格好のよい構図にこだわりがちだが、 記憶を補完するための撮影、というのも重要なのだ。 新発田城三階櫓のように、「この構図がベスト」とゴリ押しする代わりに、 いろいろな角度から撮ったものを並べて、読者の好みに任せる方法もある。

12:48、私は電車を降りた。 印象が薄かったのは、22分間しか乗っていなかったからだ。 さて、ここは坂田駅。 13:33発の米沢行きに乗り換えたい。 降りた電車の向かいに、電車が停まっているが、ホームに電光表示板がないし、 電車に行き先が表示されておらず、 ホームに何番線という表示がなく、時刻表に米沢行の電車が何番線から出るのか、 書いていない。 ホームに駅員はいない。 よって、その電車が米沢行きである事を立証する根拠が見つからない。 が、時刻表では、米沢行きが、この駅から最初に発車すべき電車であるため、 消去法で、この電車だと考えるほか無い。

そう考えて、私は電車に乗り込んだ。ごく僅かの乗客が先に乗って座っている。 席を取ったところで、女の子が電車に乗ってきて、私に「この電車は米沢行きですか」と尋ねた。 どこかで見覚えあると思ったら、先ほど降りた電車のドア付近に立っていた女の子だ。 ここで声をかけられなければ、その存在は忘却の彼方に消え、紀行文に登場するべくもない。

「うーん、この電車は米坂線ですから、米沢の方向に向かうのは間違いないけど、 米沢まで行くかどうか、それはよく知らないなあ」

女の子は、一瞬きょとんとしたが、それ以上、真実を究明する必要はないと思ったか、 私のはす向かいの4人席に荷物を置いて、電車を降りた。 その隣の4人席には母子が座っていて、母親は「おや」という表情で、女の子を目で追った。

私は思い返してみて、随分おかしな事をしゃべったものだ、と我ながら呆れた。 一つは、この電車が米坂線だという事は、必ずしも立証していないのだ。 次に、私は米沢に行こうとしているのであって、時刻表に基づく限り、 この電車が米坂線であるなら、米沢まで行かないはずがない。行かないと私が困るのだ。 更に付け加えると、私は「べーはんせん」という専門用語を意気高々と使用したが、 後日明らかになった事には、「よねさかせん」が正しい。

でも、これは愈々、私の構想に沿った展開になってきたと思った。 米沢着は15:442時間半以上さきである。その女の子は、地元の生活者ではなく、 帰省でもなさそうだ。土地不案内なところを見ると観光客だ。 電車に戻ってきたら、私の説明が不適切だった事を詫びよう。 そしてそれを手がかりに、いろいろ世間話をして時間を潰す事ができよう。 これぞ、「生面の客にさえ交わりを結びて、旅の憂さを慰め合う」 である。

すると、OL3人組が、どやどやと電車に入り、「よかったわね」と云いながら、 私の横の4人席に荷物を置いた。 そして、そのまま、ぷいと電車を降りた。 乗ってくる客が、荷物だけ置いてホームへ降りていくのは理由がある。 この駅の乗り換え待ち合わせ時間は45分もあるのだ。 私自身、事前計画では、坂田駅前を散歩したり、場合によっては、往復30分は掛かりそうな、海岸近くの通りまで、 歴史的な石碑などを撮影しに行こう、などと考えていた。 それを中止して電車で待つ事にしたのは、 坂田駅前のローソンでの昼食購入、商店街での「〆張鶴」購入の予定を、どちらも新発田で済ませていたからである。 また、坂田までは、乗車時間も少なく、そこそこ混んでいたので、 お昼を食べたり、日本酒を飲んだりする雰囲気でなかった。 私は早くそれを実行したかったのだ。 その理由は、というと、米沢駅でレンタカーを借りる予定なので、米沢の近くで日本酒は飲めないからである。

話を戻すと、先の女の子も、この3人組も、駅の売店か、コンビニで買い物をするなどして、 時間をつぶしたかったのであろう。

て事は、私はテイよく彼女らの荷物番に任命されたのか! 先の女の子は、話し相手になった事で、暗黙の使命を帯び、 今の3人組は私の隣だから、地理的に役目を担わざるを得ない。 ったく、お願いします、の一言もない。

間もなく先の女の子が戻ってきて、4人席に一人ぽつんと座り、暇そうなので、 いよいよ、行動を起こすべし、と、まずは先の説明が不親切だった事を詫び、 会話の雰囲気によって席を移動しよう、とて、腰を浮かしたところ、 その先、ドアの外でOL3人組が、席に戻るには、まだ早すぎるかと、迷っている風情で車内を覗き込んでいる姿があり、 その一人と目が合ってしまい、 私は何となく、監視され、下心を読まれているような気がして、その場に固まってしまった。 すると、3人組が車内に戻ってきて、隣りでざわざわとおしゃべりを始めたので、 更に動きづらくなる。そこへ一人の若い男の子が現われ、先の女の子のハス向かいに座ってしまった。 男の子は、背が高く、ちょっと見にはイケメンで、ナンパするには絶好のシチュエーション、 と心に期するものがあるように見受けたので、これは愈々、よその席から接近するのが不自然な情勢となった。 私の構想は、ここに完全に頓挫した。

しかし、狭い車内に、続々と観光客が結集したのは、ある意味、私が理想として思い描いた情景でもある。 今後、青春18切符の旅で、移動中の電車を戦略的に旅程に組み入れるとしたら、 このように、一日数便しかないローカル線が狙い目であろう。

ひとまず、停まったままの電車で、私はお昼にする。 隣の3人組も「Kiosk」の袋から食料を取り出した。 お昼が済むと、愈々「〆張鶴」である。まだ冷たい。紙コップに注いで飲んでみる。 美味い!きりりと爽やかだ。 広島の甘口になれているから、新潟の酒の切れ味のよさは、常に新鮮である。 どうせ飲みすぎてはいけないし、冷たいうちが華である。 この際、車内の観光客の皆なに振舞おう。

だがしかし。

紙コップはあと2つしか残っていない。 隣の3人組は1つを使いまわすとして、男の子さえいなければ、先の女の子にも酒で近づく事ができたのだが。 今さら愚痴っても仕方ないので、ここは、先の女の子には見切りをつけ、 隣の3人組とのコンタクトに限定する事にした。

と、いいつつ、1対3という数的劣勢の中、お酒という妖しい罠をいきなりぶつけたのでは、 それこそ、「エコロジー!」いな「エロおやじ!」と一蹴されるかもしれない。 と思って逡巡しているうち、電車が走り出した。 3人は、ざわざわ話をしていたが、その内、 プラスチック製の雪だるまを車窓の枠に置いて、雪だるまと外の風景を背景に、記念写真を撮り始めた。 これこれ、とばかり、「その雪だるまには何か意味あるん?」と話しかけたところ、

「これは駅弁の容器です」と、存外、丁寧な応答だった。 すかさず、「これ、良かったら、皆なで飲んでみん? 地元・新潟の酒でのう、知人がエエゆうて薦めるけえ。 冷たいうちが美味しかろうし。坂田駅のすぐ北の、村上市の銘柄よお」

「をを」3人は素直にどよめく。 知らない女性に近づく時は、献上物から入っていくのが鉄則のようだ。 が、やはり、それがお酒となると、少し警戒心もある。3人の内、奥に座っている1人だけ「おいしい」と云って受けた。 他の2人は、普段からお酒を飲まない、と言う。

「米沢に行く目的は何ね?」

「牛を食べること」

「米沢って、SWING GIRLSゆう映画の舞台じゃろ?」

これぞ切り札第2段。

毛利系旅人としては、藩主・上杉氏の跡を尋ねるのが当然、主目的である。 毛利氏、上杉氏とも、100万石を超える立場から、関が原の対応を誤ったため、30数万石の身分に凋落した。 しかも、100万石時代の家臣団の処遇に困り、経済的に苦労が絶えなかった家柄である。 境遇が似ている。 米沢の学校には、上杉鷹山の肖像が必ず掛かっているそうだ。 財政の建て直しに一生を捧げた鷹山のひたむきな生き様は、感動的である。

古い大河ドラマFANなら懐かしい独眼竜伊達氏仙台に移るまでは米沢が本拠であった。 その伊達氏によって滅ぼされた元の支配者は長井氏で、 これは、大江広元の次男・長井時広の後裔の家柄であるから、 何を隠そう、毛利氏の親戚筋なのである。備後の長井氏には、毛利家筆頭家老・福原氏の始祖・福原広世が、 一時、養子入りして遺産を相続しており、ために福原家の家紋は、一文字三星(いちにみつぼし)でなく、長井氏と同じ家紋である。

このように、歴史的な由来が何重にも重なった土地柄であるが、 世の女性たちは、そのような理由で米沢に旅するはずがない。 また、このような講釈は、もっとも忌み嫌うところであろう。

この認識を踏まえ、私は米沢のもう一つの側面を研究していた。 といっても、偶然、米沢を舞台にした映画がある事を知り、 レンタルビデオ屋で、邦画の年間ベスト10に入っていて、長い間、陳列されていたのを覚えていたので、 借りて見た次第である。

古物商エビスヤに陳列された展示 「知りません」

何と、これは想定外の御言葉。「"WATER BOYS"と監督が同じで、結構話題になったみたいじゃけどのう・・・」

「ああ、吹奏楽部の女の子たちの映画ですね。初めから、そう云って貰ったら、スグ解ったのに」

「吹奏楽部には属さず、バイトで稼いだ金で中古の楽器を買うたりするんじゃが、まあ、おおよそ、そういう映画じゃ。 インターネットで調べたら、ロケ地案内のホームページもあるけ、 はるばる遠くから来たんじゃったら、ロケ地を巡るのも楽しみの一つかもしれんね。 ちゃんと予習しときゃえかったんじゃが、見とらんのならショウがない、帰ったら絶対、見んさい。 そりゃそうと、あんたら、どこから来たん?」

「大阪!」 3人びしっと声が合った。答えやすい質問にはハキハキ答える。 服装は露出度が高いが、根は善良な人たちのようだ。

「貴方は、どちらからですか」

尋ねやすい質問は、きちんと尋ねてくださる。 「広島じゃ」

「どういうルートで?」

「まず長浜、次に福井、そして柏崎・・・」

「青春18切符ですね。私たちと、ほぼ同じコースみたい。 私たちも新潟で遊んで、これから米沢です」

「新潟かあ・・・、新潟ゆうて何があったかのう。 わしゃ、山内一豊の妻の出身地とか、賤が岳古戦場とか、北の庄とか、 全部、NHK大河ドラマに因んだ場所を選んどるわけよ」

と、ここで3人とも嫌ーな顔。しまった、つい、地が出てしまった。 ただ、退屈な話題に嫌気、というより、自分たちのアキレス腱を付かれ、やばい、という雰囲気。

「米沢牛ゆうて、ぶち高いらしいけ、わしゃ捨てとるんじゃがのう」 SWING IRLSについては、項を改めてゆっくり論じたいが、 ここは、話を牛に戻す。「わしたあ、だいぶ年収のランクが違うもんが云うには、1人1万円以上は当たり前、 中には4万円を超える場合もあるんじゃと。ほじゃが、本気で美味しいけえ、絶対食べた方がエエゆうて。 そりゃ美味しいじゃろうが、お金を払うた後、どういう気分じゃろうか」

「どうする?米沢牛、高いって」

「・・・実は、米沢で泊まるわけでもないし」

「上山(かみのやま)って、温泉街ですか」

「あー、上山温泉に泊まるんねー。 わしも、まだ行ったことないけど、典型的な温泉街じゃ。 ホームページ見たら、浴衣で歩いてエエ町、ゆう事になっとるが、 まさか浴衣、持参しとらんよね?」

「浴衣を着て歩く町ですか、ふうん」

「じゃあ、展望大浴場とか、施設の整った旅館で、ゆっくり過ごすんかね」

「私たちは、そんな立派な旅館には泊まらないんです」

「ほじゃあ、入浴料80円の公衆浴場があるで。 どこか一箇所えらぶなら、下大湯(しもおおゆ)ゆうのが、いちばん老舗らしいで」

「へー」

「足湯もあるで。これはタダじゃし、メールで問い合わせたところによると、 22時すぎても、早朝でも、24時間、利用できるそうじゃ」

「ふうん」 それにしても、何も調べないで、壮大な旅行を実行しているようだ。 何を云っても、初めて聞く話ばかりのようだし、 そうかと云って、もっと詳しく教えて欲しいという好奇心も乏しい。 次第に、私も張り合いがなくなってきた。

「ほいで、上山温泉で引き返すんね」「(いいえ)」「ゆうて、どこまで行くんじゃ?」

電車は、越後羽前の国境を越え、深い緑の中を走っている。 途中、山小屋のような、瀟洒な駅舎があったりする。 しかし、いかにも無名な風景。

そう云えば、男の子は、案に相違して、その後、女の子をナンパするでもなく、 車内をうろついて、吊り広告を読んだり、外の風景を撮ったり、挙句、乗務員に何か質問したり、 次第にオタク的な行動が目立つようになる。

米坂線、2時間11分の旅程。 私は、勇気を奮ってOL3人組に話しかけたが、ほとんど一方通行で、話題が一向に広がらないため、 段々気が乗らなくなった。 彼女らも、盛り上がる切っ掛けを見つけあぐね、リーダー格の女は、NintendoDSで遊び始めた。 知らず知らず、私は、温(ぬる)くなった酒をあおる。

今泉という駅で、先の一人旅の女の子が下車した。 「この駅は、フラワー長井線という第3セクターの私鉄と接続しとるけ、 彼女は、長井市赤湯温泉に行くために、乗り換えようと思うたんかのう。 もしそうなら、彼女は、SWING IRLSのロケ地めぐりをしに来たんかもしれない」 と、私は何故か、他人の行動を推理して、場をつないでいる。

長井市は米沢市の北西にあり、 毛利氏の親戚・長井氏の本拠地の史跡もあり、SWING IRLSでは、ストーリー上、重要な場所のロケも行われており、 実は私自身、今泉から長井へ、というコースを検討したくらいである。 が、便が少なすぎて、JR長井線の連絡もままならず、ギブアップした。 明日の行程も考え、レンタカーを借りる事にしたが、それでも、長井市に立ち寄る暇はなかった。

電車が米沢に近づいた時、私はウトウトとしていた。OL3人組は、ひそひそと打ち合わせ、私に声をかける。 何事と思いきや、新潟の土産である朱鷺(とき)を象(かたど)ったお菓子を分けて呉れた。 〆張鶴の返礼であろう。何と義理堅い。

米沢駅。私は3人に別れを告げ、観光案内所に走る。市内のイラストマップを得るとともに、 SWING IRLSのロケ地マップはありませんか」と尋ねると、 ちょっとお待ちください、と、奥の部屋から持ってきた。 珍しい注文のようだが、一応、用意している。

次回は、紀行文は小休止し、SWING GIRLSという作品について、論じたい。

(つづく)

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