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平成十八年八月十四日
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182006
(12) SWING GIRLS

スポ根アニメの実写版というジャンルに近い。ただ、原作のアニメ作品は、ない。 映画用のオリジナル・ストーリーだ。

女子高生によるジャズ・バンド。 ジャズというと、中高年のオジサンが、ブランデー片手に鑑賞するもの、 という固定観念があり、それをヨリによって女子高生がビッグ・バンドを組んで演奏するはずがない。 という意外性は、同じ監督による「WATER BOYS」〜男子生徒によるシンクロナイズド・スイミング〜と同じ仕掛けである。

が、こちらは、現実のモデルがあった。兵庫県の高砂高校である。そして主役の鈴木友子を演ずる上野樹里は、 1000人以上のオーディションから選ばれた兵庫県加古川市出身の女優であった。

映画の前半は、クラブ活動に没頭するでもなく、成績も振るわない、中途半端な女子高生たちが、 ビッグ・ジャズ・バンドに本気で取り組むまでの経緯の説明に費やされている、と云ってよい。

ただ、平坦な説明では、当然飽きがくるので、意識的にハチャメチャな筋書きが展開される。 一体、どこまでナンセンスなのか、先行き不安になるくらいである。 展開が不自然で、シーンとシーンの間に、不整合が目立つ。 それは、拙い映画作りにも思える。

しかし、ジャズに本気で取り組もうという気持ちになってからは、次第にリアリズムが優勢になり、 最後の演奏会には、知らぬ間にドップリ没入できるのである。 段階を追ってシリアスさを増していく展開は、シェークスピア以来の、あるいは、つかこうへい「熱海殺人事件」以来の、 古典的な演劇の手法かもしれない。

私は、アニメの実写版のようだと云った。が、実在のモデルを持つオリジナル・ストーリであるとも云った。 この二面性は、どこからくるのか。

その秘密は、ずばり、主役級の鈴木友子(上野樹里)と、中村拓雄(平岡祐太)の二人だけがアニメで、 他は皆な、ある種、ドキュメンタリなのである。

この二人は、素の自分とは異なる明確な役柄を担い、しかも、著しくアニメ的性格であり、 かつ、それを、徹頭徹尾、アニメ的に演じていた。

アニメ的性格とは、他人の犠牲の上にのみ自分が存在するという、友子の自己中さであり、 あるいは、拓雄の度の外れた人のよさである。 現実社会では、これらは必ずトラブルを引き起こす。

アニメ的に演じるとは、ある意味、狂言役者の流派のようである。 狂言は、能面というアニメで素顔を隠し、感情移入によって喜怒哀楽を顔に表わすのではなく、 背の丸め加減や手足の所作によって、形態模写的に感情を形にする。 上野や平岡の顔の崩し方、目のキョロつかせ方、首の傾け方、 それらはいずれも、与えられた役柄を、形態模写で表現する、狂言役者的な演技の仕方である。

これらは、監督の明確な計算に基づく演技指導を、役者が趣旨を理解し、応じた結果であろう。 上野は、寝そべって鼻くそをほじったり、イノシシに追われて鼻水を垂らしているシーンなどでは、 正統派女優として、超えてはならぬ線を越えてないか、と心配し、マネジャーに電話で相談した。 で、お前はやりたいのか、とマネジャーが尋ねると、上野は「うん」と返事するので、 「やりたいのなら、やればいいじゃん」とマネジャーが答えたという。 まさに、アニメ・キャラの具現化にこだわる監督と、その実験に情熱を焚きつけられた女優との間の、もう一つのドラマである。

平岡は、放っておくとイケメン・キャラで演じようとするのを、監督が何度も、「それは違う」と矯正したので、 ようやくアニメ・キャラの演じ方を体得した。 これが、やはり、日本の、狂言、という、伝統文化に根ざした演技法である。

これに引き換え、脇役たちは、アニメ作品には登場し得ない、当たり前の、どこにでもいそうな人たちである。 監督の面白さは、脇役たちについては、役者の裏に秘められた、素のキャラクター、そのエッセンスを巧みに引き出している点だ。

その典型は、女教師役の白石美帆である。その若さと美貌からして、ヒロイン的な役柄を連想するが、 映画では、ありきたりな趣味・嗜好をもち、生活をささやかに楽しみたい、味気ない人物である。 こういう人物は、実際にはありがちなタイプだし、白石の素の生活に近いのではないか、と思う。

貫地谷しほりが、大胆なアドリブを咄嗟に思いついたり、 演技経験のない豊島由佳梨が、もっとも地に足のついた演技をまっとうしたのも、 与えられた役柄が、彼女らの素の性格から抽出した造形物だったからではないか。

数学教師役の竹中直人の役柄もユニークだ。ジャズに精通する、いわくありそうな中高年。 だが、楽器はろくに使えず、他にも特に光るもののない、たそがれた人物。 これは竹中の演技力をかって、監督が課した人工のキャラクターであるが、 実際に、近くに住んでいそうで、やはり、ドキュメンタリ・タッチの範囲内なのである。

ラストの演奏会は、プロによる吹き替えかと思ったら、そうではないらしい。 短期速成とはいいつつ、合宿や特訓により、かくし芸の域に達した。 そのこだわりなくして、個々の生徒の迫力ある演奏シーンは、生まれなかった。

舞台は米沢市周辺。長井市、南陽市、高畠町、川西町など、 適当にロケ地の範囲を広げているようだが、いわゆる置賜(おきたま)地方という地理的範囲と合致する。 それは、Yahoo!地図の航空写真を見ると一目瞭然だが、一つの連続した盆地帯である。

この地域の魅力は、一つは気象条件。 夏、フェーン現象により、うだるように暑く、 冬はどっかり雪に覆われる。その変化の激しさがドラマチックである。

また、もう一つの魅力は、東北弁である。 特に米沢弁は、東北弁の味をしっかり出しながら、 普通の日本人が意味を自然に理解できる範囲の、薄い訛りである。 米沢は、最も東京に近い東北地方なのである。(福島県は、その時、関東地方に編入されている)

米沢のご当地映画にするつもりはないので、そこが米沢であることは、おくびにも出さない。 「ジャズやるべ」「なんか、いぐねえ?」「スイングすっつぉ」など、 方言のメロディに対する研ぎ澄まされた聴覚。これらが、全国的に映画がヒットした要因であろう。

与えられた仕事をこなすのは、ソツはなくても、つむぎだされるアウトプットは凡庸である。 人を感動させる作品は、それが金儲けの手段であっても、なくても、 徹底的に入れ込む覚悟が必要と思われる。 この監督は、そういう集中力に恵まれている、と思う。

(つづく)

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