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時間は急いているが、自転車で米沢市内を走るに当たっては、
やはり相生橋西詰めの交差点で立ち止まらない訳にはいかない。
関口香織が青信号のBGMにジャズのリズムが隠されている事に気づき、
中央分離帯で信号に取り残され、
信号を渡りきった主役たちが、電信柱付近で、ジャズのリズムでダンスし、
何かお寺の門がある方向から、母子連れが現われ、子供を、見てみぬ振りしなさい、と叱る。
だらけたストーリーが、これを機にグッと引き締まる。
車で移動中は見落とした中央分離帯が見つかった。
ジャズを踊った場所に、映画のロケ地という立て看板がある。
私は不審な反応を示すドライバーが車を発進させた後の、
僅かな間隙をついて撮影を果たすが、
あとで調べると映画のアングルとは少し違う。
また、中央分離帯の中央に突き出た衝突防止用の反射鏡をつけた鉄の棒は、
映画では取り外されていた。
黒澤映画ばりの細工である。
信号付近の2本の電信柱も鬱陶しいが、
これは撮影のアングルを工夫して、弊害を緩和していた。
つまり、横断歩道より、もっと左に寄った位置の低い視点で撮影している。
すると、後ろの冴えないお寺が、カッコよくも見えるので不思議だ。
今でも十分、変なオジサンだが、現場でDVDを起動し確認するほどの大胆さはない。
一応の満足を得て、米沢市上杉博物館に直行する。
米沢の市街地は、思ったよりコンパクトで、ジキに到着したが、
昨日の新発田での自転車以来の運動なので、
結構、汗をかいた。
受付では、余り疑問に思わず200円余分にかかる企画展とのセットを購入し、
しかも、小銭が指の間から漏れ落ち、100円玉が床下に潜り込んだが、
時間が急いていたので、放置した。
券を買ってから、喉がカラカラになっている事に気づき、
自動販売機とかないか、尋ねると、カフェでコーヒーが飲めると云う。
しかし、そのような優雅に過ごす時間は、私にない。
幸い、冷水機があることが解り、浴びるように冷水を飲んだ。
常設展示室は、入るとスグ、16:00からの鷹山シアターの上映が案内された。
スクリーンを3枚並べ、横に長いパノラマ画像にしたり、画面の組み合わせを工夫して演出したりする趣向である。
テーマは、鷹山の財政改革であるが、
20分くらいの作品なので、非常に説明的である。
主演は、無名の若い男優だが、悪くはない。
奥方は、最近の紺野美沙子だが、若い役を熱演する努力に胸が詰まった。
ただ、夫婦で屋敷内を歩き回るシーンは、母と息子のように見えて仕方なかった。
いずれにせよ、余り報われる事のなかった改革に生涯をかけた鷹山の事を思うと、
ラストで咽び泣きそうになった。
これは、脳梗塞の後、感情の制御が目立って難しくなったからで、
「探偵ナイトスクープ」の西田局長と張り合えるほどである。
説明を聞く前から、雰囲気だけで、感きわまるのである。
で、常設展示は、洛中洛外図のCGや、城下のジオラマなど、随所に工夫があるが、
何しろ狭いし、鷹山一色であることに、いささか辟易した。
特に伊達氏の支配については、「あれは仙台ブランドずら」と云わんばかりにアッサリしている。
ただ、古文書のなかの「折り紙」という形式を図解して、
実際に「折り紙」を体験できるコーナーがあり、
近所であれば、ゆっくり居座りたくなる、良い企画である。
常設展示室の裏庭のようなものがあり、
薬草や食べられる雑草が植えてある。鷹山の進めた殖産興業策と関係がある。
さて、隣の企画展は、ブルーノ・ムナーリ展といって、外国の作家の、幾何学的な作品を鑑賞する、
全く畑違いのコーナーであって、
ここで時間を潰すのは、致命的であるが、200円余分に支払ったので、
ささっと見学する。
外に出ると、上杉城史苑という建物に、中年婦人が大勢たむろしていた。
米沢牛の料理があるのだろうか。
しかし、この付近では、旧・上杉伯爵邸が、郷土料理のレストランとして利用されており、
雰囲気がよさそうである。
が、時間に追われる私は、城史苑が面した筋を、一目散に南下する。
後で知った事だが、その近辺には、吉亭という「すきやき」の店があり、
庭園を見ながら、5500円程度のコースが味わえると言う。
1人では入れない。
私が目指したのは、上杉氏の菩提寺である林泉寺であった。
かつて上越の春日山を訪問した時も、同名の林泉寺があったが、夜遅かったので、門が閉じていた。
到着したのは、17時の3分前くらいで、事実上、アウトだったが、
何やら土産を売るオジサンがいて、まだ営業していたので、
ひとまず、直江兼続の墓だけでもお参りしようと、オジサンのもとへ赴いた。
テントを張って売っていたのは、謙信や兼続の木彫りの人形で、
ユーモラスなアニメっぽいデザインである。
(確か)1体700円から1000円くらいの価格帯であった。
オジサンは、愛想よく、
「おお、兼続の人形もありますよ」
と、熱心に売り込んだが、
JRの長旅なので、嵩(かさ)張るものは何も買わない事にしている、
というと、
「兼続の墓に参りたいのなら、そこの箱に拝観料100円を払って、置いてあるパンフレットで確認すればいいではないか」
と、俄かに攻撃口調になった。
拝観料がかかる事は念頭になかったが、それを支払えという事は、
17時を過ぎているが、境内に入ってもよいという事なので、寧ろ歓迎すべきであった。
が、置いてある境内拝観券は、拝観の要点として、説明文があるだけで、地図はないので、
やれやれと思っていると、
土産店のオジサンが近づいてきて、
「どこか遠くから来なさったのか」「はるばる広島から来ました」というと、
急に早口で、寺の由来や見所を話し始め、拝観料100円で、本堂裏の庭園も見学できます、
と、歓迎ムードになった。
既にピンとは来ていたが、この商売熱心なオジサンこそ、当代の御住職であろう。
そう云えば、拝観券の下の方には、
「林泉寺参拝記念おみやげ品『不識だるま』(中でお買求めください)」と写真入りで宣伝している。
どうにも、林泉寺という観光資源をお金に換えないと気が済まぬようである。
或いは、だるまの手彫りは、御住職の趣味なのか。
境内に入ると、一番てまえに、幕末の漢学者・坂南渓という人物の墓があった。
その左手奥に、歴代住持の無縫塔がある。無縫塔とは、写真のように、凹凸のない丸い棒状の墓塔の事であろう。
歴代住持の墓は、いずこも、この形である。
突き当りには、門のある敷地で、どうやら、歴代藩主夫人の墓所である。
「上杉家廟所」と表札があるが、藩主の墓所と紛らわしい点が気になる。
ともあれ、私は、一礼して中に入った。
いずれも、どっしりした重量感のある墓塔で、
立派なものは、石灯篭のように、内部に本尊か位牌かを安置する空洞がある。
まず目を引くのは、2代目・景勝の生母・綾御前の墓。謙信の姉である。
鷹山の側室・お豊の方の墓も立派だ。お豊は、4代藩主の6男の娘で、
30歳の時、10歳年下の鷹山の側室となった。
鷹山は、10代藩主だが、他家から養子に入ったので、近親相姦には当たらない。
正室は、8代藩主の娘だが、江戸に常住していたため、
改革の生涯を支えたのは、10歳年上のお豊だったのである。
とすると、紺野美沙子も、あながちミス・キャストではない。
墓のサイズでは、4代藩主の正室・会津夫人のものが桁外れに大きい。
徳川家の血縁である老中・保科正之の娘である。
何よりも中央権力の顔を立てる。いつの世も、地方自治体の有りようである。
これらに引き換え、墓碑が地味なのが、甲州夫人の墓である。
景勝の正室で、武田信玄の娘である。
信玄の死後、勝頼は、上杉氏との和議を進め、縁談をまとめた。
夫人墓所を出て、左奥へ向かうと、兼続(かねつぐ)夫妻の墓がある。これは県指定文化財だそうだ。
兼続は、豊臣政権下で、上杉氏が会津120万石を領有した時、自らは米沢30万石を領知したので、
地元では、米沢開創の恩人とされている。
関が原の敗戦で、兼続は、主家の存続のため、自身の所領を提供したような形になった。
関が原前後の上杉氏の境遇は、毛利氏のそれと似た所がある。
ただ、毛利をミスリードした安国寺エケイとは異なり、
上杉を窮地に陥れた兼続は、六条河原で斬首される事もなく、
米沢人の尊敬を集めている。
実は、その墓所の周辺には、他にも上杉家の家臣の墓が密集していた。
中でも、武田信清のそれは、県指定文化財である。
信玄の6男であった彼は、武田氏滅亡後、高野山に逃れたが、
姉の景勝正室・菊姫を頼り、越後に来た。
景勝はこれを3000石の高禄で召抱え、
上杉氏が米沢に移ってからも、高家衆筆頭として処遇した。
その五輪塔には、「祖師西来意」という5字が刻まれている。
信清が西の高野山からフラリとやってきた事を奇遇と考えた、上杉の人々の感慨であろうか。
他に甘粕景継、新津左近、新貝弥七などの墓があるが、
どういう人物であるか、詳しい云われは知らない。
住職ご自慢の庭園は、ふむ、こんなものか、という感じ。
江戸時代のオリジナルとは形が違っているような気がする。
が、拝観券には、米沢三大名園とある。
もっとも、人口9万人の町に3つある庭園の1つでしかない、という解釈もあろう。
引き返しながら、直江兼続の墓前に、お別れの拝礼をして、
入口に戻ると、テントは、店じまいされていた。
ご住職は、私が兼続の墓前で特に丁寧な態度を取っていたのを見たのか、
「直江兼続のファンですか」
と問うたが、とっさに、直江信綱のファンかと聞かれたような錯覚を覚え、
強く否定した。理由は、知る人ぞ知る。
「このお寺に来たら、鷹山改革のブレーン・竹俣当綱(たけまたまさつな)ゆかりの山門もお見逃しなく」
親切に教えていただく。竹俣屋敷の門であったのを、明治41年、子孫が寄進したのである。
「そして、参拝の記念として、不識だるまを、ゼ・ヒ!」
林泉寺を出ると、目の前に橋が懸かり、堀立川の流れがあった。
迷わず私は、その川沿いを北上する。
そこは、パチスロ屋で関口に助言した数学教師(竹中直人)が、バンドのメンバーに追われ、
自宅へ逃走する経路であった。
ふと後ろを振り返ると、夕日を浴びた山脈が、鮮やかに照り輝いている。
米沢の町は、盆地の南端にあり、山地がすぐ近くまで迫っている事が解る。
やがて、道は川とともに大きく湾曲し、その先の橋を竹中は渡って消えた。
景色の重厚な色合いが印象的であったが、
空の曇った夕方、まさに映画とそっくりな色調であった。
が、写真に撮ってみると、映画とアングルが違っている。
湾曲の突出部と向こうの橋が折り重なるように撮ればよかったのだが。
それから私は、米沢城址に当たる上杉神社の敷地に入り、更に松岬(まつがさき)神社へと進む。
こういうメジャーな場所は、却って何も感慨がない。
謙信や鷹山の像が、あちこちに据えられ、一々写真を撮るのが馬鹿らしくさえなってくる。
上杉神社は、謙信が祭神で、松岬神社は、鷹山は言うに及ばず、景勝・兼続、
更には細井平洲・竹俣当綱・莅戸善政ら改革派の家臣も祀る、フルキャスト・スタジアム、いや、神社である。
敷地の一角の斜面に、謙信の祠跡があり、それが、上杉神社の萌芽という訳だ。
今、振り返ってみると、米沢市民の憩いの場として親しまれている事が印象深い。
父子のキャッチボールなど、
自宅付近に、このような立派な公園があるのが、得意でならない様子である。
確かに、人口18万人の東広島市に対し、市民の数は半分ほどであるが、
城跡は、120万石の風格がある。
ホームページの編集に疲れ果てたので、アルバム形式とする。
既にお気づきと思うが、マウスを写真に当てると解説が読める。
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 霜満軍営秋気清 数行過雁月三更 越山併得能州景 遮莫家郷憶遠征
天正5年9月13夜 能登・七尾 |
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 成せば成る 成さねばならぬ 何事も 成らぬは人の 成さぬなりけり |
さて、時は18時、電車は18:46発。
自転車を駅レンに返却する途中、駅前に駅弁屋があったので、立ち寄る。
米沢牛をテーマにした弁当の見本が数種類、置いてあるが、
中でもお奨めは「牛肉どまん中」という1000円のものである。
名前の由来を聞くと、「どまん中」という品種の米を使っているそうな。
これはまた、牛のどまん中の部位の肉かと想像していたので、意表を突かれた。
「米沢牛と見せかけて、実は、輸入牛ではないでしょうね」
すると店主は血相を変え「輸入ではありません。ちゃんと米沢市内の肉屋さんから仕入れています」
と微妙な返答。
米沢市内の牛肉の卸売商と取引しているというだけでは、米沢牛である保証はないではないか。
「ま、いいか」
駅の売店に行くと、「牛肉どまん中」が山のように積んであって、観光客の注目を浴びていた。
それはいいが、駅弁は夕食である。
私は未だ昼食を食っていない。そこで、立ち食い蕎麦屋で、たぬき冷やしソバを注文する。
350円。冷水が無料のドリンク・バーなので、割安に感じる。
さて、まだ少し時間があるので、2階の土産物売り場を見物。
黒地に「毘」と白抜きされたTシャツが、1800円前後であったか。
食指が動いたが、
この旅のために普段、着る習慣のないTシャツなるものを2着も新調したので、
自重する事にした。
世の中では、変わった柄のTシャツが、室内着専用になるケースも少なくないようだ。
私にも思い当たるものが、
1着ある。白地に黒く、PLAYBOYのロゴと兎の図柄。
いや、それだけなら、外に着て出てもよいが、袖口に「広島ハイキングクラブ」という緑の文字が・・・。
他には、鷹山が特産品として普及させようとした健康食品も興味をそそる。
さて、ちょうど日も暮れようとするころ、青春18切符の4日目を入挟する。
JR福島駅まで約45分、福島駅では14分の待ち合わせを利用し、
改札を出て、駅ビルの商店を見物する。
時間帯的に、町で遊んで、近郊の自宅に帰ろうとする、ヤンキー娘がウヨウヨしていた。
1階の土産もの売り場を少し散策するが、
所詮、足腰の軽運動が目的である。
19:45発の電車は、JR郡山駅まで約45分。途中、二本松駅で降りる乗客が少し目だった。
独眼流政宗に出てくる畠山氏の居城・二本松城は、
駅近くに城跡がある。しかし、下車する暇はない。
郡山駅では、13分待ち合わせ、20時46分発のJR磐越西線で会津若松へ向かう。
その路線が、いわゆる観光客専用になっているか、と思い、
冷やしソバで暫く空腹を満たしていたが、
そろそろ駅弁を食べようという思う。
しかし、磐越西線は、思いの外、混んでおり、乗客に挟まれながら、窓に沿った長椅子に座る事を余儀なくされた。
しかも乗客は、数駅先で降りそうな気配である。
このような状況であったが、牛肉弁当を食べてみたくて堪らなくなり、思い切って弁当を開いた。
で、これが、食べてみるとメチャ旨いのだ。
薄い細切れの肉と、そぼろ状の肉が混ざっており、そぼろ状の肉は味醂で味付けされている。
その味付け具合が際立っているのは確かだが、
細切れ肉も、素材自体の味がよかったように思う。
御飯の上に肉が乗っているだけの単純な作りだが、
肉の量感はある。
「おいしい、ホンマおいしい」
と呟きながら、脳梗塞の影響で、喜びが表情に現われるのを抑制することができず、
周囲の乗客も、覚えず生唾を飲み込むのであった。
(つづく)
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