共同掲示板 - 個人掲示板 - ブログ - 推薦リンク - 唐傘リンク - カレンダー - ヘルプ - Top Page
平成十九年十月廿七日
(Last updated : 2007.11.25)
このページのアクセス:
Google
WWW を検索 「安芸・毛利一族HP」内を検索

Tour

美しき江南4日間


(4) 

バスに乗った私は、 まだ夕暮れまでしばらくの間、外の景色を楽しむことにする。

上海から紹興まで車で、つまり高速を使ってであろうが、230q。 上海から烏鎮まで140qという事だったので、引き算すると90q。 但し高速道路と烏鎮の間の往復を230qに加算して引き算すべきと思うので、 まあ120q前後ではないか。 途中、浙江省の都・杭州を通過するが、そこからの距離は余り遠くない。

後で知ったことだが、杭州湾海上大橋という橋が2004年に着工され、今年完成予定との事なので、 あるいは、もう完成しているかもしれない。 この橋を通行すると上海から紹興まで僅か90分で達するそうである。 紹興市は比較的小規模な都市であるため、従来、日本人観光客は、せいぜい杭州どまりで、 あまり紹興まで来る人はいなかったらしいが、 今後は、メジャーな訪問地になるかもしれない。

小都市と言ったが、人口は430万人である。この程度の規模は、さほど珍しくないという意味である。

車窓の外では、がらんとした川土手を、一人の男が、荷車を横につけて走る自転車を悠然と漕いでいたり、 瓦礫が積まれたグランドで、男女が片づけしていたり、 路上を走るバスから観察される事は想定していない普通の光景が見られた。 生活の現場は、ぱっと見る限り、特に面白い事が起きている様子はない。

この場を借りてメモしておくと、 今の中国の住宅は、ガラス窓に緑色などの色を塗って半透明な状態にするのが流行っているようだ。 関口知宏「中国鉄道の旅」でも、そのような建築が垣間見えた。 また、昔の土壁は、長く住んでいれば、まだらのシミみたいなものができているのが普通なのだろうが、 最近建てた家は、セメントか、タイルか、専門でないので、材質とか見当つかぬが、 ともかく、そのようなシミがつくわけではない。 が、昔の家の中に違和感なく建てようとしてか、わざとシミのようなデザインを作っている。 日本でも、といか、東広島市内でも、現代の工法で、昔の漆喰の土蔵に似せた銀行の店舗があったりするのと同じだ。 歴史と文明の共存とか葛藤とかを感じる。

そういう住宅は、特に烏鎮と高速道路の間の往復の際、ふんだんに目にしたにも関わらず、 うまく撮れた写真が一枚もないのは残念である。

車外(そと)が暗くなり始めたので、 私は楽しみにしていた三白酒(サンパィチォウ)を飲もうと、 四角い箱を開けてみると、なんとコルクの栓がしてある。 これはコルク抜きなしでは、どうにもならない。 仕方ないので、紹興での夕食時に本場の紹興酒を味わう事を楽しみにする事にする。 バスは、夕闇の中、高速を降り、レストランへ向かう。 そこは紹興県ではあるが、紹興市ではないらしい。

あとでホテルで購入した地図(紹興導游図。5元(約81円))によると、 紹興県は紹興市をすっぽり包み込むような形になっているが、 面白いのは、紹興県には、紹興市の手前にも紹興という名の市街地があり、 そこに県政府が置かれているのである。 思うに、中国の県は、日本の郡のように、市とは拮抗して相容れない立場の行政区分であるが、 市と同レベルでの実体的なまとまりがあり、役所や首長が存在するのであろう。 広島県に、安芸区と安芸郡があり、海田駅前辺りに安芸郡役所があって郡長がいるような状態である。

ともかく、紹興市外ではあるが、市内であるかのような市街地があり、 18時22分、通りの様子を一枚、写真に収めた。 夜の紹興県

とある交差点から、バスは裏路地のような所を入って行った。 するとどうだろう、小汚い昔風の商店が道の両側に並んでいる。 広島でいうと、海田向洋の間の旧2号線沿い、青崎あたりの雰囲気に似ている。 但し道幅は狭い。 また、小売店ではなく、多くは、繊維の家内工場のようである。 反物状の布地をトラックに積んでいたりする。 何か作業をしているが、裸電球で裏庭を照らしながら、と言った感じ。 飼い犬が主人にまとわりついたり、母の抱いた赤児が泣きだそうとしていたりする。

ともあれ、観光バスから眺めるに相応しい風景ではないが、 興味をそそられる。が、フラッシュをたいて写真を撮るには憚りがある。 その景色が見たいわけではないが、狭い道路の両側から離合を試みるトラックが多数あり、 しかも、中国のドライバーのマナー感覚は、大変創造性に富んでおり、 混雑をすり抜けるため、反対側の車と車の隙に直角に近い状態で突っ込んできて、 進退きわまったりする。 そこで、警官も繰り出して交通整理をしているが、 中々要領を得ないようである。

レストランは、その隘路を抜けたところにあった。 ホテルのことを、大飯店とか大酒店とか言うように、 レストランの建物は、一階がフロントロビーになっていて、 ホテルのような構えである。

私は入口付近の段差に躓いて、前のめりに踊るように飛び跳ねたが、転倒はしなかった。 ガイドさんは大げさに慌てた様子を示した。 そういえば昼食場も、入口に段差があって、ガイドさんが注意を促していた。

中国の建物は、入口にちょっとした段差を作る風習があるらしく、 慣れない日本人客が躓いて転倒することが、頻繁に発生しているのであろうか。

この店には、見たところ、中国人客しかいないようである。 さすが、紹興まで来ると、異国に来たという実感が湧く。

さて、着席して紹興酒を注文しようとすると、 500ML瓶の単位で売っているし、しかも、3年もの100元(約1,613円)5年もの120元(約1,936円)の由。 瓶ごと持って帰ってよいにしても、高すぎるので遠慮することにした。

ああ、酒が飲みたひ…。

この夜は「紹興料理」というテーマだったが、 どういう特徴があるとかの説明はない。 上海より味が濃いようで、基本的には美味であった。 写真を撮ろうと、カメラもポケットに入れてバスを出たが、 最初の皿が一通り来たところで、待ち構えたように誰かが箸をつけるので、 つい、忘れて自分も箸を取ってしまう。

料理がスグ終わったので、ガイドさんの指示で、2皿ほど追加した。 この店は、以前からケチだ、と愚痴を言いながら。

店を出て向かい側には、 かなり小汚い、それだけ激安であろう旅館があり、 隣には、昔の雑貨屋のような売店があった。

バスに乗って皆を待っている時間に、 ここ「新世界大酒店」の入口の写真を撮ったが、暗くて冴えないので掲載しない。

しかし写真撮影には、行程ログを取る意味もある。この時点で19時23分である。 正味の食事時間は40分程度。

この旅行は、朝・昼・晩と豪華な食事が出るが、 余りお腹が空かないこともあって、思ったほど食べていないのである。 着席と同時に皿が来るし、一皿を8人で分け取るが、 皿数は、2ラウンド分くらいか。 案外、ファーストフード的である。

ここから又、小一時間ほどかけて、紹興市へ。 市街に入ると、運転手が道を間違え、大通りをウロウロする。 今日は、移動時間も長かったので、ここで道に迷われると精神的に辛いものがあったが、 何とか到着した。

ホテルの鍵は、イコカ・カードより小さいカードを、ドアの所定位置に翳す方式である。

ガイドさんが、「紹興は余り治安がよい街ではなく、このホテルの周辺は人通りも少ないので、 夜は出歩かないように」と注意する。「朝はいいんですね」旅慣れた老人が念を押す。

私は、1時間3,000円という事で、足裏マッサージのオプションを申し込んでおり、 時刻は記憶していないが、45分後くらいにホテルのロビー集合だった。

終わって部屋に戻れば、もう寝る時間だ。

部屋に荷物を置いた私は、ささっとシャワーを浴びる。…むむ。湯が出ない。仕方ないので水浴び。 他の部屋ではそんな事はなかったようなので、たぶん私の操作ミスであろう。

早めに降りて、フロントで「紹興地図有口馬(地図ください)」というと、 奥の方に売店があり、そこで売っているという。既述の通り5元

先ほど 「ここは★★★★ホテルですが、何しろ田舎なので、もし上海市内にあったら、★★★扱いになる所です」 と、ガイドさんが言っていたが、 このホテルは、地図上に位置が記され、裏の旅游飯店リストには、上から14番目に載っている。 但し★★★である。 何の事はない、もともと★★★なのに★★★★ホテルという触れ込みで客を釣っていたので、言い訳しているのだ。

ところで、その売店は、 旅行会社のオフィスのような体裁で、壁に家具調の棚があって、 一つ一つの商品が物々しく陳列されていた。

ふと見ると「会稽山」という3年もの500mlの紹興酒に、20元(約323円)の値札が。 先ほどレストランで100元で出てきたものと全く同じブランドかつ量である。

「這是真的口馬?(マジかよ)」

ホテルの売店にも関わらず、この安さ。さっそく買う事にした。

係員は、収納する「会稽山」の箱を探していたが、 中々見つからず、そこで数分が経過したため、 先のフロントの係員が心配して見に来た。

「なぁんだ、場所が分からずウロウロしているのかと思ったら、 紹興酒を買っていたのね」というような意味の事を中国語で吐き捨てて去る。

私は急いで地図と紹興酒を部屋へ持ち帰り、再びロビーに集合!

足裏マッサージ行きの一行は、カメラマンさんに引率され、 ホテルの秘密の裏口から屋外に出た。 映画「有頂天ホテル」さながら。

中国の、治安のあまり良くない街を夜歩き!

しかし、冒険旅行はホテルを出るまで。目の前に「足浴」という看板を掲げた建物がある。 階段を上って建物に入ると、また段差が。 大きな部屋に、リクライニングシートと液体の入った桶が並んでいる。

若い男女が迎える。男客にはが、女客には男が付く。 桶に入っているのは、恐らく、体内の毒素を排出させる効果があるとかいう、43℃ほどの漢方薬湯であろう。 最近、日本でも、足裏マッサージなどの美容サロンが、私の知らぬうちに流行っているようで、 自宅のある団地近辺にも、いつしかそこかしこで営業している有様である。 おそらく20分3,000円くらいするケースもあろう。 今回、65分で、最後の5分で全身マッサージもするというから、 まあ、日本人相場では安いのかな、と。

ただ、担当の女の子は20歳そこそこで、小柄で非力そう。 足を揉む手つき、指さばきにも、さしたる修行鍛錬の様子はうかがえず、 時間は気だるく通り過ぎる。

が、夜の市街地を走る中で、「足浴」の看板は数知れず、 少なし、出張でホテルに宿泊する中国人ビジネスマンなどの需要が相当あるはずである。

ところが、ここの若者たちは、お互いに中国語で世間話をしているようで、 それも、「あら、お箸が転けたワ、何で転けんのヨ…ぎゃハハハ」的な内輪受けで大いに盛り上がっている。

まるで修学旅行の余興で、足裏マッサージごっこをやっているような。

男子は余りおしゃべりではないが、女子に話しかけられると、ピタっと手つきが止まる。 これは、ご婦人の旅行客の、あとでの述懐である。

女子のうち年長と思しきは、ひとり英語で話をしている。 これは、日本人客が会話に入れるように、という大人らしい配慮と思われるが、 他に英語の堪能な日本人、中国人がいないので、アイデア倒れである。

私の隣に横たわる老人についた女子は、 勝気そうな表情で、何やら日本人に気に入らない所が多々ある様子だった。

「日本人なんて、僕は中国語を話せるよ、て言いながら、ニィハォとシェシェしか知らないのよ。 いつも、そう」

と、私についている女子に話しかける。

をを。この手の憎まれ口は、なぜか自然に聞き取れるのである。

そこで、私には再び悪戯心が湧いてきて、 「日本人毎天来到這児口馬(日本人は毎日のように来るのか)?」と尋ねた。

それを聞いて案の定、隣の女子は目をパチクリさせた。 私の足を揉んでいる女子は、 「そうよ。観光客」と答えた。

ビジネス客かと思ったが、観光客が来る、という。

「こんな処にまで観光客が来るの?」

わざわざ紹興にまで?という趣旨だが、そこまで精度のよい中国語は話せない。

これをキッカケに、私は、若手マッサージ師たちの世間話に参加し、 …と言いたいところだが、女子たちと、やたら視線を合わすものの、 彼女らからは話しかけてくれないので、 発展性のある話題を探しあぐね、ていうか、やはり咄嗟には中国に訳せないので、 こちらから自然に話しかけるのは容易でない。 もっぱら目線で会話する状態に…。

なので、「このお茶は龍井茶(杭州の銘茶)ですか」と聞いたのに、 御かわりのお茶を所望したと勘違いして、黙って取りに行ってくれたり。

また、別の質問をして答えてくれたはいいが、その内容がよく聞き取れないため、

「我ティンブトン(聞き取れなかった)」と言うと、

「日本人なんて、僕は中国語を話せるよ、て言いながら、ニィハォと、シェシェと、そして、ティンプトンしか知らないんだから!」

と言われる始末である。

ともかく、楽しかったのか、気持ちよかったのか、今ではよく思い出せないヒト時が過ぎた。

さて、ホテルに帰ると、さっそく「会稽山」でいい気持ちになり、 テレビの歌謡番組をBGMに、眠りに就いた。

翌朝の日の出が丁度6時ごろと分かっていたので、 朝食前に散歩を、と、目覚ましを5時にセットしたが、 3時半ごろに目が醒め、付けっ放しのテレビを見て過ごすことにする。

中国には方言が多いので、漢字の字幕スーパーが入る。 漢字はビジュアル的に訴える力があり、案外、ストーリが分る。

戦前の何時頃か知らぬが、日本の女性の看護師が中国の病院で中国人のために働いているが、 抗日運動が盛んになり、次第に立場が難しくなっていくのを、 中国人の院長が、よき理解者として、ベンチで親密に語り合っている。

茅盾の父も、日露戦争のころ、上海の日本人の女医に診てもらっている事は前述した。

日本では歴史の片隅に追いやられているが、 戦前女性の社会参加への意思が、日本より海外で実現しやすかったのかも、と意外の感があるとともに、 軍国主義とは一線を画す女性的な優しさの海外進出があって、 中国人には歓迎すべき面もあった事を、 対外的にはともかく、国内的には、ドラマを通して素直に認めているように映る。

このドラマは、1話が終わるとスグ次の回が始まり、3話めで飽きてチャンネルを変えると、 今度は、人民軍の軍服を着た若い男女のペアが、 山中を歩いている。 それぞれの軍務を負って、偶然、山中で遭遇し、道行を共にするに至ったようだ。

まだ未成年のようだが、途中、農家の空き家に同宿したり、 かつての山口百恵三浦友和川端映画のような、淡い情緒がある。

その昔、華国烽からケ小平にかけての中国では、 若い美人のが解放軍兵士の役を演じるにしても、 また、緑の草原を馬で疾駆する映像美の中でも、 瞳に憎しみの炎を燃やしながら、 「日帝打倒のため、この身がどうなろうと最後まで戦うわ」 などと、何か血走った台詞を中心にストーリが展開していた。

私は、東京に住んでいた時、「ぴあ」で自主上映に気づき見に行った事がある。

その記憶と比較すると、 人民解放軍を題材にしたドラマ自体が、今や珍しいのかもしれぬが、 あったとしても、既に歴史大河ドラマの域に入っており、 客観的な描写が主流になっているという印象がある。

ほんの数年前の上海では、 日本人居住者、もしくは、その加担者への投石等があり、 背景に、当局の激しい反日教育があると伝えられたが、 偶々つけたテレビ番組で、その一端を垣間見る事はなかった。

言帰正伝(話を本題へ戻す)。

窓から外を見ると、ほのぼの夜が明け、 向かいの農産物市場や交差点に、人の動きが見られるようになったので、 朝の散歩に出かける事にした。

ホテルの前にバス停があり、既に大勢の人が並んでいる。 不思議なのは、この日は、10/28(日)。 つまり日曜の早朝なのに、町が活発に活動を始めているのだ。

信号がロクに守られていない交差点の横断歩道を渡る。 道幅は、日本では想像もつかないくらい広いので、車の間隙を縫って渡り切るのは容易でない。 ただ、この時間帯、さすがに車の通行は少ない。

向かいの市場は、まだ営業開始の準備中で立ち入りにくいので、交差点の移動式スタンドを覗いてみる。 基本的にパンと牛乳の店である。 朝食バイキングが待っている事を考えると、わざわざ買い物をしたい誘因がない。 交差点には交番もあり、警官が立っている。 これは、私には安心な要素だ。 南の方、つまり、城南大道を挟んでホテルの反対側の通りは、公団住宅のようなものが並んでおり、生活区域である。 壁新聞の掲示板がある。 昔は政治的アジテーションに使われたのかも。 今は、日本の自治会の掲示板に近い雰囲気。活字印刷された新聞のようなものが貼られている。

何やらいかがわしい路地。 18歳未満入場禁止とか、コンドームの販売店と思われる店の看板に矢印がついているが、 路地の奥の方を見ても、何かの店があるような感じがなく不思議である。 目抜き通の交差点

ATM 私は、地図も参考にして、もっと大きな通りを目指して城南大道の南側を東へ歩いて行った。 ほどなく、解放南路との交差点があり、渡ると、銀行の24H営業のATMもあった。 そこから、解放南路を北へ、つまり、市の中心部へ向いて進む事にする。 ATMの前から交差点の北西方向を撮影した上の写真は、朝の5時58分を刻んでいる。 どうやら私は、朝6時を待たずに外出したようだ。

それにしても、この季節に日の出が早いのは、幸運であった。 これは、中国の標準時間が北京あたりであるのに対して、上海は、東の方に位置するからである。

バス停 時間の経過とともに、通勤の自転車、バイクに乗った人、バスを待つ人が、そこかしこに。 団地の入口 とある団地の敷地内に、肉まんなどを販売するスタンドが並んでいて、出勤途上の人が群がっているのが、道路越しに見えたが、 横断歩道を渡るのが大変そうなので、通り過ぎる。 いずれにせよ、この通りには、ファーストフード店など、モダンな店も目立つ。 銀行の存在感も大きい。 人民公社とか、政府系の施設は全く見いだせない。

歩いている側に「可的」というコンビニが開いていたので、 をを、とばかりに入る。 名探偵コナンの海賊版のようなコミックがある。 他にも色々なジャンルの雑誌があるが、読むのが大変そうだし、本は重いので辞めておく。 水の500MLペットボトルが1元(約16円)。これを2本買う。 それから紹興酒が安い。 500MLでも6元(約97円)前後の値段がついている。 しかし「加飯酒」という注記がついているので、料理酒かも、と思って買わないことにした。 酒は3本を超えると関税がかかるので、手続きが面倒だと思った事も理由である。

実は「加飯酒」というのは、紹興酒の製法による分類の一つで、他には香雪酒善醸酒があるが、 加飯酒が最も標準的な製法のようである。 ホテルで買った「会稽山」は旅行中に飲み終わったが、ラベルを瓶から剥がして持ち帰ったのを今確かめてみると、 「三年陳紹興加飯酒」と書いてある。

ノーブランドの安物だとしても、ホテルで売っている20元が高すぎる、と解釈した方が単純かつ真実に近かろう。 いわんや、レストランの100元は、明らかに日本人向けぼったくり料金であろう。

「むむ?」

日本でも見かける「鎮江香錯(こうず)」の横に「上海香錯」500mlが、2.5元(約40円)! 全くもって有り得へん! 酒と同じ分類にされて関税が取られるかどうか気になったが、購入する事に。 これは現在、我が家では、週末、私が自ら厨房に立った時専用の調味料となっている。 そのまま飲むと不味くて喉を通らないが、焼き飯や焼きそばを炒め、最後に少量そそぐと、 何ともいえぬ匂いが周囲に飛び散り、一瞬、食欲をそそる。

私の中華料理は、我流もいいところだが、香錯を使うようになって、また新たに異様な境地が開けてきた。

お菓子も買った。「上好佳荷蘭豆」3.5元(約56円)。が、これは何故か記憶に全くない。 2日目の夜、ホテルで旅行中、食いつくしてしまうだろう菓子類の映像をデジカメで記録しているのだが、 そこにもない。それまでに食い終わったのか。知っている人があったら教えてください。或いは思い出すかも。

「康師伝 食麺八方 香辣肉醤麺」3.9元(約63円)。カップ焼きそばである。 値段は日本のノーブランド商品でも近い所を行くものがあるが、 康師伝は、中国のトップブランドだそうである。 種類が色々あるなかで、不安を感じながら適当に選んだが、 帰国して食するに、 文字通り辛口の醤油だれと、塩コショウをベースの香辛料を用い、 醤油ヤキソバとも、塩焼きそばとも言える、複雑な味。 ともかく、中華料理らしい味わいがあり、想像を遥かに超える出来栄えと言っていい。 ひとつ難を言えば、お湯を捨てる角の口のアルミが、蓋と一緒に剥がれてしまい、麺がボタボタこぼれた事である。

次はトランプ。箱に「LION」という商標しかないものは、セット2.5元(約40円)風靡大江地主という大富豪の漫画が描かれた箱は5元(約81円)。こちらは厚さが厚い。 店主に理由を尋ねると、2セット入っているからだ、と。 では、そちらを買おう。と思ったのは、箱に漫画が書いてあるから、 当然、カード面に、漫画が印刷されている、と思いこんでいて、更に2セットなら割安と思ったのだが、 開けてみると、箱の漫画以外は、無味乾燥なデザインであり、 1箱2.5元2箱買った方が、有利であったような気がする。

カード面に絵が描いてあると早とちりしたのは、 1月豫園商城というマーケットで、 三国志などの歴史や、毛沢東などの革命に因んだ絵柄を印刷したトランプが、セット25元(約400円)で販売されていたのを思い出したからである。 セット単価が10分の1だ!という観念が脳裏をよぎったのである。

ピータン4個入りが、6.8元(約110円)。現在、その内1個だけ帰国後、食しているが、 殻の外側を粘土のような土で包み、その外側をモミガラのようなもので包んでいる。 味よりも、紫色の半透明の白身の、見た目を楽しむことが主眼であろう。

「可的牛肉粒香辣口味」58グラム。7元(約113円)。 「可的」はコンビニの名前なので、スーパーなどの自社ブランドに相当する。

牛肉粒というのは、牛肉の粉末を小さな立方体に固めた物で、 日本ではツナをそうしたものは、よくある。 既に昼食や夕食で経験した、辛くて酸っぱい味付けである。 日本人がいきなり口にすると、不気味さのゆえ気持ち悪くなるかもしれない。

ここまで合計で、30.7元(約495円)。ちょうどダイソーの最頻顧客単価と同じくらいである。 (以上は、レシートを持って帰ったため、記録に残すことができた。 「可的便利紹興解放店」とある。これは、この大通りが解放南路だという私の分析が正しい事を示唆する。)

私は、37元にしか聞こえず、紙幣を渡すと、お釣りを6元返してくれて、 おまけにとかとかの、見たこともないコインを受け取って、目が点になった。

コンビニ コンビニでは、小数点第一位もゆるがせにできない。 まあ、1角=約1.6円であるから、日本のスーパーと同じようなものか。

帰り際、日本のオデンに相当する串焼きのコーナーがあり、 アヒルの肉の串刺しが目にとまって、追加で買った。2.5元くらいだったと思う。

コンビニのレシートは、6時18分52秒を記している。 立ち去ろうとして、あ、そうそうとコンビニを撮った写真は、6時24分

コンビニのレジの時計が数分遅れているか、私のデジカメが数分進んでいるか、だが、 写真の語る時刻は概ね正しい事が確認できた。

商店街 人通りがめっきり増えた大通りを、串焼きの汁をすすりながら歩いていると、

「やあ、福原さんじゃないですか」

帰路、南へ歩いた時の標識 と日本語で声をかけられ、こんな所で、だ、だれが、と振り向くと、 旅行団の旅慣れた初老の二人連れであった。

ホテルに戻り、朝食バイキング。種類も豊富で、味も割あい、よかった。 中国に来たら、御粥を食べないと、とガイドさんに言われたが、 普通に御粥だった。

HOTEL 朝8時、一行はホテルを出発。

市内の最初の目的地まで、活気づく街中を走る。 全く日曜日の早朝なのに、なぜこんなに活気があるのか。

ところで、昨日、新しいデジカメのバッテリーの寿命が、思ったより強力なので、 2日目からは、カメラを贅沢に使おうと決心した。 旅慣れた老人は、車窓から眺める風景をビデオに撮ると、いい思い出になるよ、との事。 考えてもみれば、私は20GBリムーバブルHDDも持参しているので、 デジカメの動画なら、何時間でも取りたい放題。 640×480ピクセルは、モニターいっぱいに拡大しても、まんざらでもない。

という事で、2日目以降は、動画に傾斜するが、動画編集ソフトは持っていないので、 ひょっこりバスの乗客が映ったりすると、カットできない。 また、ほんの一瞬でも5メガバイトくらいの容量は食うので、 基本的にHP上には載せない事にします。

動画をキャプチャすりゃいいんだ。運転席からの風景。事故対策車か何か、車線を逆走しており、バスはこれを避ける で、動画の状態を言葉で説明すると、 相変わらず、交通マナーは出鱈目に近いため、ビデオに撮るなら、車窓から街路より、 運転席窓から前方が面白そうである。 横から自転車やバイクが突っ込んできたり、対向車が反対車線を逆走したり、 短い時間にもスリリングな光景が展開するため。

中国の運転手は、理不尽な運転に遭遇しても、相手の人命を思いやって、 咄嗟に臨機応変にブレーキをかけるところは、 ある意味、ヒューマニズムの原点を見る思いもする。

寺院と壁書…動画のキャプチャ 立派な寺院の白壁には、赤い文字で標語めいた文句が…。 「譲我人門共同営造天藍、水清、地緑、景美的最佳人居環境」 我々は協力して、空が青く、水が綺麗で、緑豊かで、景色のよい最高の居住環境を作りあげよう!

何か涙がウルウル…。かの文化大革命中は、宗教施設は弾圧され、毛沢東万歳みたいな事を、 落書きのように書かれた事であろう。 今も、その名残りで、歴史的建造物の壁に、社会的なスローガンの大書を許している。 ただ、その内容は、宗教家としても納得いくものにはなっているのである。

バスと壁書…動画のキャプチャ それにしても、「地球環境」というテーマは、21世紀らしい世界革命思想ではないか。 民主党よ、次の選挙では、このイデオロギーを利用しなさい。

さてさて、ようやく初日が終わり、2日目が始まったが、 バスはどこに向かっているのか、続きは次回のお楽しみに!

(つづく)


(1)出発 | (2)中餐 | (3)烏鎮 | (4)紹興 | (5)孔乙己 | (6)紹興酒 | (7)七層塔 | (8)西湖十景 | (9)杭州の夜 | (10)杭州の朝 | (11)太湖 | (12)恵山寺 | (13)地鉄 | (14)中国茶道 | (15)豫園(最終回)


安芸・毛利一族HomePage
Copyright 2001-7 Motosumi Fukubara. All rights reserved.
当サイトの著作権は 福原元澄 が有します。
また、本頁の背景画像は 「お城巡りFAN」 岡泰行さんのご厚意により、福原雅俊に使用許諾されたものです。
当サイトの内容をいかなる方法に於いても「無断で」改変、複製、転載する事を禁じます。