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平成十九年十月廿八日
(Last updated : 2007.12.16) | ||||||
Tour
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美しき江南4日間 |
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蘭亭から、どこをどお通ったのか覚えていない。 しかし、紹興酒工場を訪ねる、というので、行く先は紹興市の中心部だろう。 途中、田舎の一本道で、車が長蛇の渋滞、ていうか、ぴたっと停止したまま、1分、また1分、と、無為な時間が流れていった。 旅行先では、まさに「時は金なり」である。 肝心の観光スポットは、疾風(はやて)のように先を急がされるのに、こんなどうでもいい所で、足止めを食うとは。 が、ガイドさんは動じておらず、「この少し先の踏切を列車が走っているからです」と説明してくれた。 今回、バスの移動距離が長く、鉄道を列車が走る様子も、しばしば目にしたが、 人を運ぶ列車でも、車両数がやたら多く、その分、ゆっくり走っている事が多い。 北米大陸でも、貨物列車の場合は、踏切で遭遇すると、ちょっと、その辺、散歩してこようか、というぐらい待たされる事は経験したが。 実は、この原稿を書いている昨晩も、山陽線の普通電車が走っている所を、車で高架橋を乗り越えながら、「ハエーな」と驚いた次第である。
そんなこんなで、紹興酒工場とやらに到着したのは、蘭亭を出発して、ほぼ1時間後の、10時40分頃だった。
バスを降りた一行は、工場入口の酒樽(甕、といった方が正確だろう)倉庫の前で係員の説明を受けた。
中国語での説明をガイドさんが通訳する。
目の前にある弥生式遺跡から発掘されたような甕は、特に年数を経たものらしく、独特の香りが漂っていた。 この状態で年数が経つほど、水分が徐々に蒸発して味わいも深くなるのだそうである。 甕の陶質も、風味に影響してそうな気がする。 3年、5年、8年、10年、15年、20年、30年、と年数を重ねるに従い、加速度的に希少価値が増し、 中には、50年、100年を超えるものも。 いわゆる「老酒(ラォチゥ)」とは、相当に年数を経た紹興酒、という意味である。 100年超は、流石に数えるほどしかないらしく、北京か上海の博物館に保蔵されている他、紹興市内にもあるとか、ないとか。 (旅行から日が経つに連れて記憶が風化し…) 酒造は、冬の寒い時に行う、との事で、11月から4月の間、なので、今はオフシーズンである、と。 そのせいでか、製造工程の見学は無かった。 説明のこの部分は、デジカメ動画に残っていた。 「スーユェからスーユェ」というのを、ガイドさんが即座に訳したのだが、 上海なまりだと、「四」と「十」がどちらも「スー」に聞こえ、 日本人には区別が難しい。 おまけに「十一」だと「スーイー」と言ったはずだが、「イー」は聞き取れなかった。 何が言いたいかというと、「10月から4月」と語ったのではないか、と引っかかったのであるが、 「一年のうち寒い6か月」とも言っていたので、「11月から4月」で筋は通っている。 が、この日、10月28日が、ぎりぎりアウト、というのも釈然としないものがある。 掲示された案内板によれば、中糧紹興酒有限公司という。 確かバスの中でガイドさんは「国営」と言っていたはずだが、ここでは、全世界に500余りの関係会社を傘下に置く独立資本、とある。 特有の水質を持つ塩湖の畔に工場を置いて、ともある。 塩湖、というのは、紹興市南東の会稽山に端を発する水流が、紹興市西隣の紹興県城のあたりで、細長い溜池状になっているものだが、 紹興市内に「塩湖鎮」という地名もあるし、ホームページで調べると「紹興市福東路」という住所である。 手元の「紹興導游図」では「福東路」という道は見つけられないが、恐らく「塩湖鎮」付近で、地下水が会稽山の伏流水になっている所なのだろう。 酒造は、水質が命である。 (製造中の仕掛在庫は?)115万壜が現存し、2.7万トンに達する、と。 「其中最長儲存期79年加飯距今已達28年」 最長79年物があるらしいのだが、今から28年後に達成する、つまり、今は51年めに入っている、という意味だろうか??? いや、現在28年が経過しているので、まだ51年残っているのか。それとも、1979年から保存しているので、今年、満28年経過した、という意味であるか。 …だとすると、この会社自体、歴史は浅いという事ではないか。ああ、1979年以前ともなると、文化大革命で、酒造が思うようにできなかったとか? …ま、いいか。 「黄中皇」というブランドで有名らしく、ISO9001(国際品質保証規格)も取得している近代的な企業だ。
ともかく一行は、早速、即売コーナーに連行される。
紹興酒の値段は、これも記憶が曖昧になっているが、8年で150元(約2,420円)、10年で200元(約3,230円)、興味をそそられた、手書きの絵の容器に入った20年ものや、 30年ものでは、1万円近かったか、それ以上の値段だったと思う。 レストランでは、5年もの500mlで、120元(約1,940円)だったので、レストランで買うのと、ほぼ同等の相場である。 「いや、この工場は全工程、手造りなので、大量生産された商品とは品質が全く違います」 その差はしかし、5年ものを盃1杯試飲しただけでは分からなかった。 私はどうしたものか決断できず、別の建物にあるトイレに行くことにした。 途中、中国人客を乗せた別のバスが停まっていた。 彼らと同料金で売っているのかな・・・?。 トイレは、伝説の、中国的小汚いもので、大のコーナーは、扉が小さくて、やたら風通しがよかった。 逆に、DNAに刻まれた懐かしい原風景のようにも感じられた。 あとで聞くと、一行で女子トイレに殺到した人たちは、もっと気まずい思いをしたようである。 引き上げていると、早くもお昼休みなのか、10人足らずの女子工員が前を歩いて、 建物の外にある水道で手洗いをしようとした。 空が青く、なぜか、こういう平和な情景が心に残る。 売り場に戻ると、皆な手早く買い物を終えてバスに戻ろうとしていたので、 考える間もなく、8年もの150元を取りあえず購入した。 その器は、現在、例の中華料理屋に飾られており、仲間の新年会用に取ってあるのである。 普通に紹興酒なのではないか、と未だに不安である。 さて、次なる訪問地は紹興県の西隣、杭州市である。 今、しばらくはバスの中。 到着するまでの間、景色を眺めるのも飽きたか、しばらくの間、風景写真もなく、退屈していたようである。 そこで、読者の方には、最近の読書の成果を紹介したい。 一つは、茅盾「子夜」である。 子夜とは、「子(ね)の刻」、つまり、深夜零時ごろという意味の「真夜中」であろう。 東広島市中央図書館で2週間限定で借りて、今日返却予定日のため、熟読していないせいもあり、 タイトルの由来は不明のまま。 舞台は1930年か、その翌年頃の上海であるが、 主人公が、債券市場とかでのマネーゲームに没入する若手の企業経営者、という設定で、 何か城山三郎の小説のような趣もある。 が、作者の問題意識としては、今、目の前にある超現代的な風景を活写しながら、 中国人ならではの悠大な歴史観からの批評を試みているように思われる。 面白いのは、目の前の都市の発展が目まぐるしい変化を示している、という点で、 妙に現在と気分が共通している点だ。 満州事変勃発直前、暗黒の木曜日から昭和恐慌へ、 という物情騒然たる時代背景には注意が必要だが、 小説に登場する上海は、その一歩手前のバブルの頂点を捉えているように思われる。 「風が外灘(ワイタン)公園の音楽の音を送っているが、豆を煎るような銅鼓の音だけが一際明瞭で、…夕靄が薄い霧とともに外白渡橋(ガイハクトキョー)のそびえたつ鉄骨を包み、電車が通ると…。 橋から東を見れば、浦東(プートン)の倉庫が見える。…西を見れば、…ばかでかいネオン広告にびっくりする。」 と言った調子で、急激に変わりゆく都市の景観を説明するところから、物語が始まる。 因みに、浦東空港の手前で空から見た風景、赤く濁った河と海、霧に包まれて朦朧とする大地、 これらは工業汚染のたまもののように思われるが、 1930年ごろから、上海に霧は付き物のようである。地学・気象学的要因もあるのだろうか。 「人口300万人、東洋の大都市」という自負に満ちた都市の紹介。 南京路と河南路の交差点には、「抛球場(パォチゥチャン)」(球技場)という施設もあり、 行きかう車を統制する信号機もある。 ただ、1930年型車の新記録でシトロエンが疾走したことになっているが、正確には毎分0.5マイル、つまり、時速約48.3キロメートルに相当する。 それが当時の猛スピードという訳だ。 ところで、主人公の郷里は、上海から水路120q余りの双橋鎮、人口10万人の小都市、との由、 状況判断からして、烏鎮をモデルにしていると見て間違いない。 町の伝統的な土豪から、主人公の家のような新興勢力へ、有力者の代替わりがあった。 また、1930年ごろの双橋鎮では、 茅盾故居の目と鼻の先にある「興華橋」を指すと思われる「七里橋」で共産党が集会を開いたりしていたが、やがて、双橋鎮は、共産勢力の手に陥落するのである。 ざっと斜め読みしたに過ぎないので、敢えて頓珍漢なコメントを公開するのはどうかと思うが、 私個人の印象としては、当時の最新の社会情勢の諸相を、紙芝居のようにテンポよく描写しており、作者は、当時、ジャーナリスト的な生業に携わっていたのかな、と思うくらい、内部事情に詳しい事に驚かされる。 物語に烏鎮が絡む他の例としては、最近レンタルビデオで見た映画「北京ヴァイオリン」(和人爾在一起)も印象的だった。 ヴァイオリンのコンクールに出場するため、北京に出てきた父子は、いわゆる「おのぼりさん」、つまり田舎の出身との設定だったが、冒頭の「田舎」を発つシーンは、これぞこれ、烏鎮東柵景区の双橋付近であった。 話を、更に、大江健三郎「さようなら、私の本よ!」に移そう。その翻訳が、第4回魯迅文学賞を受賞した作品である。 これも、2週間前に借りて、通勤電車で読んだだけなので、わかったような事は言えないが、 ずいぶん凝った作品である。 序章だけで、十分、文学作品として満腹した。ていうか、序章がいちばん読みづらい面があった。 作者の意図としては、 実際に自分の身の回りにいる人を題材にしたり、実際の愛用品について、突っ込んだ描写をしたり、 作家としての自分のスケジュール管理をそのまま、筋書きに持ち込むようなスタイルで、 部分部分にマニアックなまでのリアリティを追及する一方、 物語全体としては全くのフィクションである、という、「私小説的な創作」を目指しているようである。 それにしても、序章では、登場人物が固有名詞で次々現われるものの、主人公との間柄の説明がまったくなく、非常に読み進みづらかった。 描写のディテールから、いわば論理パズルのように、少しづつ合点していき、序章の締めくくりで、何か答え合わせのような展開となり、 あー、そういう経緯から、この物語が始まるのか、と合点した次第である。 ただ、その段階で、これから始まろうとする物語の展開に、ちっとも興味が湧いてこないところが、純文学らしい、といえば、らしい。
いずれにせよ、数行、ぼうっと読み飛ばしただけで、何が何やらついていけなくなる、やたら疲れる作品であったが、中国の文壇の興味を惹いた理由も、何となく分る気のする、珍しいタイプの作品である。
杭州明華紡績有限公司。いや、これは、だからどうという事は何もない。
この先、バスは下町風情の通りに入る。先鋒石業という石屋さん。狛犬、といっても、中国では、獅子そのものだが、また、何やら日本情緒の招き猫の石像も置いてある。 日本だとドラえもんなどもありだが…。
ところで、バスは、昼食会場に向かっているのだが、実は下町に入った後、道に迷ったらしい。 昼食会場は、午後の訪問地である六和塔を、一旦、通り過ぎて、獅子山という山へ登る途中の、緑茶の産地として有名な龍井(ロンジン)という場所にあったのだが。
今日は、とりあえず図書館に本を返す必要があり、他にも所用があるため、借りた本の事を書いた所で筆を擱くこととします。続きは次回のお楽しみに! (つづく) (1)出発 | (2)中餐 | (3)烏鎮 | (4)紹興 | (5)孔乙己 | (6)紹興酒 | (7)七層塔 | (8)西湖十景 | (9)杭州の夜 | (10)杭州の朝 | (11)太湖 | (12)恵山寺 | (13)地鉄 | (14)中国茶道 | (15)豫園(最終回) |
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