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平成十九年十月廿九日
(Last updated : 2008.5.2) | |||||||
Tour
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美しき江南4日間 |
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ともかくも、この日の私には、睡眠が何より必要だったのである。 16時30分ごろ、上海郊外の観光用のシルク工場に到着。現・皇后が訪問された時などの写真が飾られている。 本来は工場の見学から入るべきところ、時間の都合上、いきなりチャイナ・ドレスのファッション・ショーに案内された。 写真を撮ってもよい、ということだったので、デジカメの動画をずっと回した。 キャプチャーしたものを多少ぼかして掲載しておく。
実は私は、2007年1月に1泊2日の上海旅行に行った時も、同じこの場所を訪れ、シングル用の掛け布団を買っていたのである。 私は余り衝動買いする方ではないが、その時、小5(当時)の娘を連れており、純真無垢な娘は、 販売員の立て板に水を流すがごとき口上を聞いて、すっかり洗脳され、買わなきゃ損だ、買え、買え、と、私の袖を引いて頻りに催促するので、つい買ってしまったのである。
売り子の口上のせいもあるが、その時の一団は、勧められたものは手当たり次第、スグ買ってしまう一団だったので、 普段は理知的な娘も、集団心理に引きずられたのかもしれない。 ひょっとして将来、金遣いが荒くなって失敗するかも、と娘の行く末に不安を覚えたが、 シルク掛け布団は、帰国後は私の愛用品となった。 何しろ薄くて軽いので、冬は、従来の掛け布団を上に重ねないと耐えられないが、 絹糸の隙間に体温が籠り、肌触りも、スベスベした感じがあるので、朝の寝覚めが微妙に心地よいのである。 夏は、タオルケットがわりに丁度よい重量感なので、更に使い心地がよい。 が、他の家族の興味を引くには至らなかったので、今回、追加購入する動機はなかった。 悪い商品ではないが、物質的存在感との対比で値段が高すぎるように感じられるため、 おいそれとは買えないのである。 また、不思議に今回の一行は、勧められる商品に、滅多な事では手を出さない人が多かったので、 「折角だから、クィーンサイズも買っておこう」(寝相が悪いので、シングルでは体を覆いつくせない傾向がある) とはいかなかったのである。 販売員も、江南気質なのか、押し売りめいた態度は全く取らず、「この人たちは、何度も上海に来ているようだわ」 と、半ば諦め気味に上司にボヤいていた。
販売エリアには、布団の他にも、布団カバー、チャイナドレス、アロハシャツ、小物などなど、ありとあらゆるシルク製品が販売されていたが、
とにもかくにも割安感がなく、盛り上がらない時間を過ごした。
かくして、市街地の夕食場へ向かう。 「金醇精作坊」というレストランに到着したのは、17時30分ごろ。 テーマは上海料理。写真を撮らなかった、熱があった、上海料理はどうやらカナリ薄味みたい、 という要素が重なり、また、旅行から半年以上の月日が経過したこともあり、今や何も思い出せない。 レストランを出たのが、18時20分ごろで、そこからホテルへ移動。19時10分ごろにはホテルへ到着した。 そのホテルは、旅行中に泊まったホテルの中では、一番グレードのよいホテルだったと思う。 ロビーが豪華だった。 ただ、ガイドさんとカメラマンさんは、「私たちは、ここで帰宅します。明朝お会いしましょう」と、あっさり引き揚げてしまった。 部屋に入ると、バスルームとは別に、シャワー室もあった。こういう有ってもなくてもよいスペースこそが、人の心にゆとりを与えるのである。 ただ私はシャワー中にお腹が痛くなり、バスルームに移動する暇もなく、その場で漏らしてしまったので、折角の心のゆとりも台無しである。 さて、帰国を控えて荷物の整理などもしたが、まだ20時ごろである。 だが、これは私には幸いなことであり、前もって機会あれば、と狙っていた地鉄(地下鉄のこと)に乗ってみる事にする。 最寄りの地下鉄駅が、おおよそどの辺りにあるかは、事前にインターネットで調べていた。 ただ治安の度合いがよく分からない。まあ、地下鉄の駅まで歩いている途中、危険を感じたら引き返す事にしよう。 ホテルを出たところで、ベルボーイに地下鉄の駅の方角を尋ね、差された方向を覗きこむと、まあまあ大きな通りである。 取りあえず、行ってみよう。しかし、歩いて行くほどに寂しくなってくるので、おかしいと思って、今しがた通りすぎた雑貨屋に引き返し、 主人に「ティーティェチャン、ツァイナール?(地下鉄の駅はどこ?)」と、無気音と有気音、NとNGなど、日本語で区別のない音に気を使いながら、たどたどしくきいてみる。 「あっち」 主人は面倒臭そうに交差点の90度違う方向を指差した。私は、旅先では方位磁石を持ち歩くので、方角を直角に間違える事はないはずだが、方向を間違えた理由は、今も謎である。 ともあれ、そちらの方向は最初から薄暗いので、ビビリながら歩くが、地下鉄駅の入口らしい表示はない。 そこで、前を歩いていたオバサンに声をかけ、道を尋ねると、まだ、ずっと真っ直ぐ行くのだという。 このオバさんは、人なつこい親切そうな人だった。
私の前の人が切符を買おうとしている時、黒い背広を着た若い兄ちゃんが脇から近寄り、割り込もうとする気配がある。 私がオドオドしていて隙があると見られたか。しかし理不尽な割り込みを見過ごすことはできない。 こ、これは、中国に来て、ついに土地の住人に、中国語で喧嘩を仕掛ける羽目になるか、と、俄かに緊張が高まったが、 兄ちゃんは、殺気を感じたか、私の順番が来ても、黙って立っていた。 「シャンハイナンチャン(上海駅南口駅)」
何とか通じた。予想通り4元(約65円)だった。切符は、硬いプラスチック製。
自動改札口で、挿入口が見つからず、しばらくオロオロしたが、これはICカードであって、読み取り窓に翳すだけでよいのであった。
ちょうど9月下旬からJR山陽線でICOCAを使い始めていたので、ぎりぎり察しがついた。
地下鉄は、混んでいたが、ホワイトカラーが多かったので、東京の地下鉄と余り違わない気がした。 ただ、人民日報の車内販売員は、ぶっきらぼうで、黒い人民服のような制服を着ていて、妙に古風だった。 途中から座れた。隣の男性が携帯を操作していたが、日本では余りなじみのない、スライド式であった。 上海駅南口についたのは、21時30分近い時間だった。 しばらく地下の商店街を歩いたが、ちょうど閉店の時刻だったようで、両脇の商店が、ちょうど私の辿り着く一歩前で、続々とシャッターを閉めていく。 帽子屋などに興味があったが、残念である。 地下道の雰囲気は、10年か20年か前の、岡山駅地下街くらいのイメージ。ちょっと小汚い、裏錆びた感じ。 地上に出ると、駅前広場があり、バス・ターミナルがあり、道路の向こうに、ビルが建っている。 雰囲気が、ASSEができる前の広島駅南口の雰囲気によく似ている。 実際は、上海の方が面積も広いし、ビル街の奥行きもあるのだが、広島駅南口に迷い出たような、妙に落ち着いた気分になった。 駅ビルの中にある土産店を覗くと、土産菓子や紹興酒などが、割合リーズナブルな価格で販売されていた。 時間をつぶした揚句、私は「2007版 上海城区 交通図」(6元 約97円)だけ買った。地図自体、精密だが、裏面に詳細なバス路線が掲載されていた事に魅力を覚えた。 将来は、バスも自分で乗りこなしたいものである。 余り遅いと、地下鉄駅からホテルまでの道が、危険度を増すかもしれない事が不安だったので、また、来た道を引き返す。 切符売場で「大柏樹駅」と告げる。が、「ターパイシュー」というべきを「ターペイシュー」と言ってしまうし、有気音と無気音も間違えていた。 係員は、しばらく考えた後、納得した表情を見せて頷いた。 帰り道では、わが歩く前を、OL風の女性が歩いていたので、私が怖い思いをしたというより、私が人に怖い思いをさせたかもしれない。 途中、警察官の寮みたいのがあったり、交差点のガソリンスタンドを、斜めの近道と心得た車が、猛スピードで私の歩く歩道を横切り、ガソリンスタンドを通り抜けたので、 歩行者として、一瞬、怖い思いをさせられたりしたが、じきにホテルの前の交差点に着いた。 ここで少し周辺の様子を見ておこうと思い、歩道を右折すると、間もなく、ホテルの建物を背に、マッサージ屋の建物があるのを見つけた。 正面の階段をあがって2階の位置に入口がある。透明なガラスの向こうに、透けたネグリジェ姿の女性が3名ほど座っており、風俗店ふうである。 が、入口に立板があり、2時間あたりの料金が書かれている。100元か120元だったと思う。杭州の時の倍くらいだが、まあ、さほど負担感はない。 私が立板に書かれた料金を確かめるため、階段の麓まで近づいたものだから、リーダ格の女性が入口から外に出てきて、私を手招きした。 しかし、実のところ私は、昨晩の全身推拿のおかげでお腹を壊し、発熱したつもりでいるし、まだ、多少の筋肉痛も感じていたので、 これに輪をかけてマッサージを施す事は想像もつかなかった。 そこで、微苦笑しながら手を横に振り、ホテルへ引き返すことにした。 100パーセント安全とは言えないが、何となく上海の町は、高度経済成長のただ中にあって、だれもが将来に希望的な展望を持ち、衣食足りて礼節を知る状態にあるように感じた。 地方都市の裏小路では、そういう訳にはいかなかったであろうが。 翌朝も、夜明けとともにホテルを出た。というのも、私には計画があった。地下鉄を使って魯迅公園に行き、太極拳の早朝練習を見たい、という…。 朝食まで、限られた時間しかなく、試行錯誤による時間的ロスは許されない。実は、昨晩、上海南駅まで出かけたのは、今朝の行軍のための予行演習だったのである。
が、ホテルを出たとたん、雨が降っていたので、がっくりである。がが、リュックに携帯用の傘を入れていた事に勇気づけられ、敢えて出発する。
5時50分ごろシャッターが開いた。切符売場は、落ち着いてよく見ると、自動券売機が数機あり、そちらを使った方が早そうだった。
始発は6時ちょうどだったので、ホームで待っていると、反対側の電車が入ってきた。
別の薄暗い木陰で、老夫婦が太極拳していた。こちらは、静謐として、実に雰囲気がある。ただ、動画は暗すぎて、綺麗には映っていなかった。
そこへ、現役社会人の2人連れが現われ、ここのホテルの土産店は、昨晩、閉店セールと称して、置き物類を半額セールしていた。 2人は、さんざん粘りながら、置き物類を物色した挙句、財布に現金が足りなかったので、諦めて帰ろうとしたら、更に値引きに応じたので、 値札で1万円を超える品物を、結局、2千円以下で買えた、という事を頻りに自慢する。 そこで、私もそれなりに閉店セールの恩恵に浴せるだろうと思って、土産店を覗いてみた。柳の下のドジョウである。 龍の絵柄が入ったTシャツ50元(約807円)、と値札が付いていたので、「半額で25元ね?」と尋ねると、「いーえ、半額にしたから50元になるのです」と返され、 「もっと安くならないのかな?」というと、「2着なら80元(約1,290円)にしますよ」と。 朝の出発前で、内心あまり時間を空費できない、という意識が態度に表れていたと見え、店員は、思いの外、強気だった。 しかも私は、「2着で60元(約970円)」と取り違え、しかも円換算も錯覚して、急に条件がよくなったような気がしてしまった。 ただ2着目は、思いの外、気に入った絵柄が見つからず、時間ばかり空しく過ぎていったので、次第にどうでもよくなり、そろそろ帰ろうと思った矢先、 人民軍の軍服の色というか、濃い草色の地に、毛沢東の肖像が大きくプリントされているのを見つけた。 中国では文革時代のグッズが骨董的価値を持っていると聞いているが、これこそ中国でしか手に入らないTシャツだ、と思い、急に欲しくなって、買う事にした。 レジで60元出したところ、「2着で80元ですよ」と言われ、今更ながら、勘違いに気づき、ショックを受けた次第である。 店を出て冷静に考え直すと、昨晩、くだんの社会人が、置き物類を大量に買い占めて支払った金額と余り違わない額で、Tシャツ2枚きりしか買っていないではないか。 咄嗟に柳の下のドジョウを狙って、見事に返り討ちに遭った。 そこへ、旅慣れた老人Bが現われ、「向かいの朝市に行ってきた」「をを!…で、どうでしたか?」「もの凄い雑踏だったが、ずっと奥の方で、西湖龍井茶500gが、凄く安く買えた」 正確に何元だったかは、メモに残しておらず、今は思い出せない。ただ、杭州の観光地や空港で売っている相場の5分の1以下だったような気がする。 「片言ひとつも通じず、もっぱら身ぶり手ぶりだったが、ただ、しきりに、ウーパイカーって言ってた。どうやら『カー』ってグラムの事だと思う。ウーパイカーは『500g』という意味らしい事が、何となくわかったよ」 「確かにそうです。五百克!中国語の知識がないのに、よく気づきましたね」 その時は、土産物屋でなく、朝市に行くべきだった、と後悔すること頻りであったが、その後、毛沢東のTシャツは、すっかり私のお気に入りになり、 時々、下着のアンダーシャツの代わりに着て、ひそかに隠れキリシタンみたいな気分を楽しんでいる。 (日本の公道をこれで歩くと、ちょっとシャレにならないような気がするのでコッソリ着ている) 龍の絵柄の方は、帰国時に書棚の上に置いた状態のまま現在に至っているが。
朝市で買いそびれた西湖龍井茶については、中国茶談義の一環として、次回に稿を譲る。
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